5
後部座席の弓月は、隣に積まれた荷物に寄りかかりながら眠っていた。
観咲が運転することにかなりの間不満を述べていたが、眠気には勝てなかったらしい。
「美夜も寝ておけ。徹夜になるかもしれんからな。寝れる時に眠った方がいい」
「…はい」
初仕事ということもあり緊張していて、とても眠る気分ではなかったが、とりあえず目を閉じる。
そうして気づいた時には、辺りの景色が変わっていた。
窓の外は夕日に照らされた田園風景だった 美夜は思わず身を乗り出す。
「起きたか」
「…着いたの?」
運転席を見ると、観咲が疲れたような目を和ませた。
「ああ。丁度今、村に入ったところだ。どうした?」
美夜がじっと見つめるので不思議に思ったらしい。
「疲れてるみたい…。大丈夫?」
「今夜は先に眠らせてもらうさ。弓月に徹夜をさせてな」
美夜が苦笑を返すと、観咲は不意に顔を引き締めて車を道の脇に寄せた。
顔を前へ向けた美夜はかすかに息を呑んだ
「亡くなった方の……」
手を合わせて霊柩車が通り過ぎていくのを見送る。
「だろうな」
合わせていた手をハンドルに戻し、再び車を走らせる。
「………今のは…」
後部座席から声があがった。もの憂げな声で寝起きだとわかる。
観咲はバックミラーを見ながら頷いて見せる。
「急いだ方がよさそうですね…」
乱れた前髪を掻きあげながら弓月が言った
「一体何が原因なんでしょう……、日にひとりもの方が自殺するなど、とても普通では考えられない」
「原因……か。警察でもお手上げってことは俺たちにしかわからんようなことが、原因なんだろうな」
言葉を切ると、観咲は速度を落とした。
「お葬式……のようですね」
美夜が呟きつつ見る先に、家紋のついた白い提灯や花輪が玄関に置かれた家があった。
「様子を見てくるか。弓月、手帳を」
「やるんですか…?」
嫌そうに運転席を見るが、観咲は無視する
仕方なく弓月は荷物をあさる。
その家から少し離れた場所に車を駐める。
「美夜は待ってろ。三人はちょっと多いからな」
訳も分からず美夜が頷くと、観咲と弓月は喪服を着た来客に混じり、家の門をくぐって行った。
「なにをやるんだろう…?」
美夜の呟きが、車内に響いた。
小さな村というものは、大抵が皆顔見知りである。その中に見慣れぬ者がいれば、すぐに気づく。
ただでさえ観咲と弓月の容姿は目立つのだ 周りの視線など気にせずに奥へ行こうとしていた二人を、受付の者が呼び止めたのは当然だった。
「どちら様でしょうか。親類の方ではないようですが」
咎める口ぶりに気を悪くするでもなく、意識して無表情を装って、観咲と弓月は胸ポケットから黒い手帳を出した。
「雪山署の者です」
慣れた手つきで観咲は素早く手帳をしまい込み、弓月はしまわずに広げてボールペンを構えて見せる。
「親類の方ですか?」
硬い口調で観咲が問うと、受付の男は慌てて首を振り奥へ促した。
「こちらです」
一瞬二人はどうするかと顔を見合わせるが丁度いいから話を聞いてみよう、という結論に達した。
案内してくれた男は裏口の方へ回って庭へと入る。だがその途中で足を止めた。
「ああ、刑事さん。ご同僚がお見えですよ」
男の言葉に観咲と弓月はぎょっとする。
「同僚…?」
訝しげな呟きをこぼして現れたのは
「やぁ、杉刑事。ご苦労様。ああ君、案内をありがとう」
白々しくそんなことを言いながら、観咲は現れた杉を腕ずくで歩かせて、来た道を引き返す。
案内してきた男は釈然としない顔をして、見送っていた。
杉がなにやら怒鳴ろうとしたが、弓月が凄烈な睨みで黙らせた。
とりあえずそのまま家を出たが、背中に視線が突き刺さっている。
「くるのは明日って聞いてたけどな」
観咲の腕を振り払い、杉が吐き捨てるように言った。
「どうして貴方がここにいるんですか? 雪山市は確かに近いけれども……ああ、派遣されたんですか」
「そうだ。ここの駐在さんの手に余るってことらしい」
弓月のよく回る頭に嫌そうな一瞥を与えつつ言う。
「場所を変えたい。指定された合流場所はこの村の駐在所だったが……、俺たちの宿泊場所は?」
「用意した。この村の神主さんが、提供してくださるそうだ」
観咲の問いに即座に答える。
「ではそこで話を聞こう。案内を頼む」
「わかっ」
頷きながらなにげなく移された杉の視線は一点で釘付けになった。
五才くらいの子供が泣いている。
杉が強く見つめるのは、それをしゃがみ込んであやす、少女の華奢な後ろ姿だった。




