空の守人1
その村には、ドライブのついでに寄っただけだった。
休憩を取ろうと自動販売機を探すうちに、国道から離れた村はずれの辺りまできていた けれどさして急いでいた訳でもないので、ジュースを飲んだ後少し辺りを散策した。
ところどころ塗料の剥げた鳥居を見つけたのは、友人だった。
なんとなく鳥居の元へと向かい、鳥居の下をくぐり、続く階段を上った。
「ねぇ、こっちに道があるわよ」
階段の中ほどで不意に友人が立ち止まり、石造りの階段から木々の茂る山へと顔を向けた。
「行ってみる?」
冗談半分でそう言ってみると、意外にも友人は笑い飛ばさずにしっかりと頷いた。
「おもしろそうだわ」
そういえばこの友人の部屋には、冒険小説がいくつかあったと思い出しつつ、連れだってその獣道へと歩を進めた。
夏も本格的な時期となり、この山もむせるような緑の香りが濃密に漂っていた。
獣道は細く、途中何度か見失いかけたが、なんとかたどることができた。
先を進む友人の足取りは軽く、目的のないこの小さな冒険に、年がいもなく心を弾ませているようだった。
いつしか会話も途絶え、いい加減疲れてきたが友人に気を使い無言で後を歩いていると突然前を歩く友人が足を止めた。
「なーんだ」
そしてさもつまらなそうに声をあげる。
その声に、なにがあったのかと顔をあげると、獣道の先には雑草に囲まれた石があった
「なにあれ。お墓かなんかなの?」
「そうじゃないのー? つっまんないわねぇもっとロマン溢れるものでもあるのかと思えば、ただのお墓ぁ?」
文句を言う友人をなだめるように軽く叩いて、草に埋もれる石に近づく。そこはもう獣道さえないほどの荒れようだった。
足で根もとから草をかきわけゆっくりと近づくにつれて、石に巻かれている白い紐のようなものが見えてきた。
その紐は黄ばんでいて、白というよりは黄土色に近かった。形もいびつで、よく見ると皺のようなものがいくつもあった。
「しめ繩……じゃないわよねぇ」
「やだぁ! それお地蔵様じゃないっ」
突然背後で大声を出されて、驚いて前につんのめる。
バランスを取るために、咄嗟に石に捕まろうとした。それを背後の友人が支えようとしたのか、足を踏み出した時に靴の踵を踏まれてた。そのため石には手がかすっただけで、草むらに転んでしまった。
「ごめんーっ、大丈夫?」
心底すまなそうな顔をして、起きるのに手を貸してくれる。さらに服についた草を払ってくれた。
「大丈夫、大丈夫。げっ」
本当にお地蔵様かどうか確かめようと石に目を向け、身を硬くする。
「どうしたの?」
視線を追い、友人は肩をすくめる。
「お地蔵様の首に巻きついていたゴミが取れただけじゃない。なに固まってるのよ」
「ゴミ?」
転んだ時に手をひっかけたために、お地蔵様の足下に落ちた、白い紐のようなものから視線をそらして尋ねると、友人はこともなげに頷いた。
「お地蔵様も喜んでるわよ、きっと。さ、帰ろ」
促されて来た道を戻るが、その足取りはなぜか早かった。
友人に何度か歩を遅らせるよう頼まれたがなにかに追われるように急いで車に戻った。 そして息をつく間もなく、車を発車させる
……大丈夫、大丈夫、大丈夫……
私は関係ない。だから大丈夫。
なぜかそう、心の中で繰り返す。
何度も何度も繰り返し、ふと気づくと村の境界線を越えるところだった。
それを知らせる看板をサイドミラーで見送ると、落ち着きが戻ってきた。
それまでの動揺していた自分が滑稽で、思わず苦笑した。
そうして、やがて彼女の記憶からこの出来事は忘れ去られた。




