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     16

「美夜…、やっぱり、兄妹とはいえずっと離れていた俺なんかより、弁護士の方が頼りになるか……」


 一瞬なにを言われたのか理解できず、瞬きもせずに観咲を見返す。


「美夜さんが悩んでいることは、大分前から気づいていました。私は話がうまい方ではありませんので、聞き出すことはできませんが、ですが……」


 言葉を詰まらせ、苦しげに顔を歪め、弓月は手に持っていたティーカップをソーサーごとテーブルに置く。

 美夜は一気に目が覚めたような気がした。


「ごめんなさい! あ、あの、先生には、義母さんの昔のことを聞いていたんです」


「…でも、それがあなたの悩みではないでしょう?」


 妙に確信めいた口調だったが、的を射ていたので美夜は弓月から目をそらし、俯いた。


「俺たちには、相談できないのか? 信用してくれないのか?」


「そんなことありません! でも、でも……兄さん達じゃ、駄目なんです」


 観咲と弓月は、息の根を止められたような気がした。


 観咲はよろり、と立ち上がり、振り切るようにしてその場を去ろうとする。


 弓月は動く事もできずに、呆然と俯く美夜を見下ろしていた。


 そんな二人を傷ついたように見て、美夜は震える手で口元を押えた。


 そして堪え切れずに漏れた嗚咽が居間に流れた。


 観咲は弾かれたように美夜を振り返る。


 弓月も金縛りを解き、おろおろと困惑しながら美夜に歩み寄る。


「だって……だって、兄さんも風車さんも、私を大切にしてくれていることを知っているから……だから…」


 嗚咽と共に、美夜の感情が高ぶるのが口調でわかった。


「私、もう嫌です…。私…鈍いから、知らないうちにひとを傷つけて……そんな私が嫌です…」


 緊張した動きで、弓月はなんとか美夜の肩に手をまわすことができた。

 涙で濡れた眼に見上げられ、例のごとく硬直してしまう。


「ごめんなさ……」


 だが本格的に泣き出した美夜を、自力で硬直を解き引き寄せることができた。

 あとは頭でも撫でれば完璧なのだが、手が美夜の肩に張り付いたまま思うように動かせない。

 しかし幸せはそう長くは続かなかった。


「ほら、美夜。これでも飲んで、少し落ちつけ」


 と言って、観咲がホットミルクの入ったマグカップを差し出した。

 美夜が顔を上げ、マグカップに注意が向けられた一瞬を突いて、観咲は弓月の手を剥がした。


「…一体なにを悩んでいたんだ?」


 美夜はマグカップを両手で包んだまま、俯いていた。

 そして時折手の甲で涙を拭く。

 もう一押し必要かと、観咲が口を開きかけた時、ようやく話し始めた。


「私は目覚めてからずっと、自分は何をすべきか考えていました。…義母さんは学校へ行くようにと言っていましたけど、私には無理でした。だから、なにか仕事をすべきかと思うようになったんです」


 そこで、気持ちの高ぶりを静めるように、ため息をつく。


「でもひとと触れ合ったことのない私には、普通の仕事など学校での二の舞になると思うんです。ですから……兄さんや風車さんのように拝み屋という仕事をしようかとも考えました。それで、久世先生に義母さんの仕事について聞いてみたんです」


 観咲と弓月は顔を見合わせる。互いに同じ意見にたどり着いたらしい。


「…なら、俺たちに言えばよかったじゃないか。そうすれば、一緒に仕事をすることもできるし、拝み屋について教えることもできたのに」


 美夜はこくり、と頷く。


「最初はそのつもりでした。でも、私が二人の中に入って仕事をするのは、お互いにマイナスになるかもしれないと気づいたんです」


「マイナス? なぜそんなことを思うんですか?」


 プラスになるならわかるが、マイナスとはどういう意味か、弓月にはわからなかった。 美夜は桜屋敷一族の当主であり、火祭一族の力も持っている。けして足手まといになどならない。


「……兄さんも、風車さんも、私をとても大切にしてくださいます。ですから、一緒に仕事をすると、どうしても甘えてしまうのではないかと思うんです。それは私にとっても、互いによくないと思ったんです」


 観咲と弓月は内心はっとする。

 光が立ち去り際に言った言葉の意味がようやくわかったのだ。


「ようし、わかった。俺達はもともと公私はきっぱり分けていたが、今度からはもっと気をつける。だから一緒に仕事をするぞ」


 半ば強引に決める。


「でも」


「いいか、美夜。お前が親父とかの紹介で他の奴と一緒に仕事でもしてみろ。俺たちは気になって気になって仕事もそこそこに、絶対何度も様子を見に行くぞ。それこそお互いのマイナスじゃないか? なら目の届くところで働いて、きっちりケジメをつければいい」


 うんうん、と肯定するように弓月が頷く。

 そんな二人を見比べて、美夜はようやくはにかんだ笑みを浮かべた。

 


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