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     15

「その木は、花を咲かせていましたか」


 思い掛けないことを言われたようで、久世弁護士は美夜を見返してから、考え込む。


「そういえば、咲いていなかったように思います。今ではすべての桜が満開ですが昔は花の咲いていない桜の木も何本かあったんですよ」


 小刻みに震え出した手を押し殺すために、美夜はさらに手を強く握った。


 あの若木は、土に戻すべきではなかったのだ。


 なんども語りかけ、時には傷つきながらも花を咲かせ、桜の木としての寿命を終えさせ天へ返すべきだったのだ。


 そうすれば、輪廻りんねの輪の中へ入ることもできただろうに。

私はなんてことをしてしまったのだろう……


「私には、義母さんのような仕事をする資格など、ないのかもしれません」


 なにやら思いつめたその言葉に、久世弁護士は、若いな、と呟いた。


「え?」


「お嬢様はまだお若い。そう性急に答えを出すことなどありませんよ」


 孫を見るような暖かな目で微笑み、答えが出たら知らせてほしいと言い残して帰っていった。


 美夜は玄関先まで送った後も、ソファーに座り込み考えに沈んでいた。


 

 来客を知らせるブザーが、事務所三階に響いた。


 生活用品をいくつか運び出したその部屋は以前よりいくらか見れるものになったもののあいかわらず雑多な部屋だった。


 積まれていたはずの新聞が雪崩のように崩れているのを踏み越えて、観咲は二階に下りていった。少し遅れて弓月も後に続く。


 勝手に応接用のソファーに座り込む者を見つけ、観咲は肩をすくめる。


「なんだよ。昨日会ったばかりじゃないか。『妹さんをボクにください』なんて言いにきたんなら、さっさと帰れよ」


 弓月にとっては笑えないことをさらりと言って、観咲はソファーに座る。


 なかなか積極的になろうとしない弓月に、いささかしびれを切らしているらしい。


 コーヒーを注ぐ弓月を金髪を掻きあげてちらりと見てから、光は口元で笑う。


「それもおもしろそうだけどね。今日の用件はさ、なにやら美夜がかなり思い悩んでいるみたいなのに、オニイサマ方はなにをしているのかと聞きにきただけ」


 答えに詰まった二人を、光は笑うのかと思いきや眼光を鋭くして睨みあげた。


「先を越されないうちに言っておくが、私は美夜の強さに惹かれている。怒り狂った彼女が炎と桜を操る姿は、精神的に揺らいでいた私をも魅了させるほどの美しさだった。あの絶対的な強さに、心底興味がある」


 その眼光を跳ね返すかのように、弓月は射るような眼で睨み返した。


「だが美夜にはもうすでに二匹ものお守りがいる。そのうちひとりは血を分けた兄妹のようだし、もうひとりは私や小僧よりも古株のようだ。だからあえてしゃしゃりでることなどしない。だが、美夜に信頼されていないなら話は別だ」


 観咲はなにか言いかけたが、言葉になって口から出ることはなかった。

 弓月に至っては言いかけることすらもできなく、悄然としていた。

 それらを一瞥して、光は出口へと向かう。


「お前たち自身の欠点に気づくんだな。…あまり猫可愛がりしすぎるなよ」


 ドアが閉まり、遠ざかる靴音を聞いても、二人はなかなか動こうとしなかった。

 



 慌ただしく玄関から二つの足音が近づいてきても、西日に照らされた横顔は彫刻のように動く事はなかった。


「美夜!誰かきたのか」


 テーブルに置かれたままのティーカップに気づき、観咲は怒鳴る。

 その時になってようやく美夜は顔をあげた


「あ…、お帰りなさい。もうこんな時間…」


 ぼんやりとしたまま立ち上がり、テーブルを片づけようとする。

 それを横合いからさらうように、弓月がソーサーごとカップを取る。


「お客様ですか」


 いつもならかすかに口元が笑んでいるのになにやら恐い顔をしている。

 美夜はやっと、二人の様子が変だと気づいた。


「はい…。久世先生がいらしてました」


 はっと息を呑み、顔をこわ張らせた観咲が美夜を無理矢理座らせる。


「兄さん?」


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