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「桜屋敷さんが解き終わらなかったら休み時間まで延長するわね」


 花井は涼しい声でさらりと言ってのけた。

 ブーイングが巻き起こるが花井は朝のHRの復讐とばかりに無視する。

 美夜は花井が意見を変える事はないとわかっていたので地道に教科書と睨み合いながら問題を解いていく。

 最初のうちはうすら笑いを浮かべていた花井だったがそのうち憎々しげに美夜を睨み出した。

 チャイムが鳴る寸前に答が出る。


「やったぁ…解けた…」


 チョークを起きつつ呟くと教室から喝采が沸く。


「いつまで立ってるのさっさと席につきなさい、邪魔でしょう」

 忌々しげに言い教卓の上を整理する。

 チャイムと共に礼をする。


「桜屋敷さん、こんなことで媚を売っても無駄ですからね」


 教室中に響く声で花井は言い放つ。

 席につこうとしていた美夜の動きが止まる「媚?」

 静かに聞き返す声に、教室が静まり返った 廊下の喧騒が遠く届く。


「なぜ私が、貴女にそんなものを売らなくてはいけないんですか?」


 姿勢を正しりんとした態度で尋ねる。


「いいぞぉ」


「よく言ったっ」


「偉いお嬢っ」


 口々に褒められる。


「桜屋敷さんっ職員室へ来なさい」


 花井の金切り声が窓を震わせた。


「座りなさい」


 休み時間なので生徒などが出入りして慌ただしい職員室。花井は床を指さし美夜に命令した。

 そばの席に座っていた先生達が、ああ、またか、と嘆息した。少し離れた位置に座っていた観咲も見ている。

 美夜は一瞬何を言われているのかわからなかった。


「床に、正座なさい」


 衝撃だった。安い回転椅子にふんぞりかえりつつ、この教師という生き物は生徒には床に正座させることを命令するのか。

 額を押さえ、美夜は頭を振った。

 これが学校というものか。


「早く座りなさい!」


 花井の金切り声に職員室が静まり返る。

 生徒ならば座る。どんなに不快だろうと、屈辱だろうと、教師に不興を買うのが恐くて生徒ならば床であれ廊下であれ正座する。花井はそう、知っていた。

 だがこの娘の取り澄ました顔はなんだろう 気にいらない。

 最初から気に食わなかった。いやに丁寧な言葉使いやお奇麗な顔。泥をぬりたくって踏みにじりたくなる。

 美夜は胸ポケットから貰ったばかりの生徒手帳を取り出すと、花井の机にそっと置いた


「…後日、弁護士の先生に連絡するようお願いしておきます」


 そしてきちんと礼をするときびすを返す。


「待ちなさい!訴えようとしたってそうはいかないわ」


 乱暴に腕をつかまれ、美夜はたたらを踏む


「痛…」


 非難を込めて花井を見上げた。

 なにを言い出すんだろう、この女は。

 それが花井の逆鱗に触れた。

 観咲は立ち上がったが、間に合うはずもない。

 ぱん、と乾いた音がこだました。

 よろめき、机に手をついた美夜は怒りで身体が震えた。

 振り向きざまに手を振りあげた。

 咄嗟に花井が怯えた表情をする。すっと頭が冷えた。

 振りあげた手は花井に振り下ろさずその手をつかみ腕から引きはがした。


「…言葉が少なかったようです。短い間でしたがそれなりに学んだことも

ありました」


 びくり、と花井が肩を震わす。

 他人とは、こんな者からクラスメイトのようなひとたちまでいろいろいるのだとわかった。


「ただひとつ別れが惜しいのは、クラスの方達です。教師はともかくもとても優しい方達でした。…ですが私に学校という教育機関は合わないようですので退学いたします。後日正式に弁護士から連絡いたします」


 再びきびすを返したところで、切りよくチャイムが鳴った。

 美夜は職員室を出た。

 途端、じんわり、と殴られた頬が痛み出した。


「かえろ…」


 あの桜散る屋敷が恋しかった。こんなに長い間屋敷から離れたことなど数えるほどしかない。しかもそのどれもが母と一緒だった。 けれど今は…。


「母さん…」


 胸を押える。そこにはあの小さな指輪があった。


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