8
いつもの通り午前七時に起き、慣れた手つきで着物に着替える。
そうして身じたくを整えてから朝食を作りに一階へと下りていく。
今日はどこを掃除しようか、献立はなににしようか、とわりと真剣に考え込みながらキッチンへ向かおうとした。
だがなにか小さな音を耳が捕らえ、反射的に振り向く。
そして悲鳴を上げかけた口を慌ててふさいだ。
背後の居間にあるソファーに人影があったのだ。不自然な格好で座っている。
今この屋敷には美夜以外いないはずだったので、悲鳴を上げそうになるほど驚いたのだ 口元から手を離し、そっと微笑んでからキッチンではなく奥の部屋へと足音をたてないように気を配りつつ向かう。そして二枚の毛布を抱えてきた。
起こさないようにそっと毛布をかけ、今度こそキッチンに向かおうとする。が、その手を不意につかまれた。
振り向くと、髪が乱れシャツの襟ボタンを外した弓月が焦点の定まらない目を開けて、軽く上半身を起こしていた。
「風車さん…?」
ぼぅ、と美夜を見上げる弓月はどうやら寝ぼけているようだ。
「朝食まで時間がありますから、まだ寝ていてください」
小声でそう囁くとのろのろとソファーに身を沈める。それでも手を離そうとしないので苦笑しつつそっと剥がす。
キッチンへ向かいながら、なぜか鼓動が近く感じられた。
次に目を覚ましたのは観咲だった。なにやらいい匂いがするので、誘われるように起き上がる。
すると丁度、起こしにきた美夜がキッチンから現れた。
「おはようございます」
「あい、おあよう」
寝ぼけたまま偉そうに挨拶を返す。美夜は気を悪くする事もなく、機嫌よく微笑む。
「朝食の用意ができています。顔を洗ってからいただきましょう」
こくり、と頷いて観咲は立ち上がる。どちらが年下なのかわからない。
洗面所へ向かいかけ、ソファーを振り向く そして身を乗り出して弓月の鼻をつまんだ
「っ!」
「起きろぉ」
慌てて起き上がった弓月に、間延びした口調で言う。
なにか文句を言おうと口を開きかけた時、絶妙のタイミングで美夜の声がかかった。
「おはようございます」
弓月の開きかけた口から出たのは文句ではなく、挨拶だった。
「おはよう」
食後のお茶を受け取りながら、観咲は仕事の報告をする。
「で、さっさと片づいたんだけど、ホテルの飯は不味いし眠れそうにもないんで、そのままチェックアウトして帰ってきたんだ」
「何時頃帰ってらしたんです?」
「五時過ぎだったと思います」
観咲も頷いて同意する。
「じゃぁ、寝不足ではありませんか」
「いや、昨日の夕方から夜中まで仮眠をとったから」
そうですか、と微笑んでお茶を口へ運ぼうとした手が止まった。
「どうした?」
「どなたかが…」
それきり口を閉ざす。心ここにあらずといった風で虚空を見つめる。
精神を飛ばしているのだと知り、観咲はそれ以上問わない。
桜屋敷の門前に、佇む小さな影があった。
桜の花びらに精神を投影して、美夜の姿が桜の木々の間から歩み出る。
「……猫?」
美夜の姿を見たシャム猫はしっぽを振り、すりよってくる。
それを抱き上げながら背後の桜を振り仰いだ。
なぜ桜達は、この猫の侵入を拒んだのだろう。
桜達はシャム猫を庭へ入れて迷わせることを拒み、美夜を呼んだ。
「それに……普通の猫は、けしてこの庭へ入ろうとしないのに」
なぜこの猫は入ろうとしたのだろう。
シャム猫は垂らしていた耳をぴんとたてて美夜の腕から飛び降りる。そして門の外へと出て行った。
なにげなくその行く先を見ていた美夜は、はっと息を呑んだ。
人影が揺らぎ、強い視線を感じた。




