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真夏の夜。
あまりの暑さに耐えかねて、どうせ眠れないならと泊まりにきていた友達と二人でドライブに出かけた。
「ヤロー二人ってのも情けねえよな」
「まったくだ。せっかくお前の部屋のクーラー目当てできたのに、故障なんてついてねえよ。車にクーラーくらいつけろよ」
と言う親友の口調は部屋の中にいた時のそれより穏やかだ。車内でも暑かったが風があるぶん車の方が涼しかったからだろう。
よくあるように、会話が途切れて沈黙が訪れる。相手が親友だからいいものの、異性だったらあせってなにか話題を振るところだ。
特に気まずい思いもせずに、沈黙は沈黙のまま緩やかなカーブを越える。
目的地はアパートから三時間ほど車を飛ばした場所にある湖だった。だがそこへの道筋にはわりと高い峠がある。峠にはダムがありちょうどカーブを曲がり終えた時に木の合間から黒い穴が見えた。
「お、ダムが見えたぜ」
なにやら含んだ言い方をする。
「うん?」
「知らないのか?」
逆に問い返され好奇心がうずき、ちらりと親友を見ると、えもいえぬ笑いを浮かべている。
「…もしかして…出るのか?」
すぐに目を戻し、恐る恐る言ってみる。
「ふっふっふっ」
わざとらしい含み笑いが答えだった。
「やめろよー、シャレにならんぜ、こんな夜中じゃ」
「なんでも、このような夜中にこの峠を車で走ってると、生臭い臭いがしてくるんだそうな」
怖がっているからか、軽い口調で話してくれる。
「窓開けてなかったらどうすんだ?」
「いや、それは関係ないらしい。俺が聞いた話だと、窓を開けてなくて生臭くなってきたから、車の中を見渡すってとこから始まったもん」
言葉を切ったので促すように視線を送る。
「でさ、どんどん臭いが強くなるからたまらんってことで、窓を開けたんだ。すると窓の外の方が臭くてすごかったらしい。
気になって車を止めて辺りを見渡しても生ごみの山って訳でもない。なんなんだろうなー、とか話してると、がしゃん、がしゃん、っていう音が近づいてくるんだって。
ほら、あれだよ…トラックとかが冬にタイヤに履かせるチェーンの音」
そこで不意に言葉を切り、窓の外に出していた腕を車内に戻す。そしていぶかしげに運転席を見た。
「何だよ」
前方を見ながらも親友がこちらを見ていることに気づいた。
「いや…。なんか、生臭くないか?」
言われた途端に吹き出す。
「おいおい頼むよ」
「いや、マジで」
口調にはふざけてる感じはかけらもない。
「悪い、俺今かぜ気味なんだ。臭うのか」
「…気のせいだよな」
そこでまた沈黙が訪れる。なぜか今度の沈黙は気まずかった。
親友は話を続ける気はないらしい。
「夏風邪はなんとかがひくって言うよな。遠慮なくお前にも移してやるからな」
「ふ。ユーとミーでは鍛え方が違うざんす」
ほっとしながら言葉を返してくれる。
同じく話題転換がうまくいったことでこちらもほっとする。
「俺は筋トレ、お前はヨガ」
「その違いやない!」
ぴったりと合った呼吸でツッコミをされ、あとはへらへらと笑えば完璧に気まずさなどぶっとぶはずだった。
二人の笑いかけた顔が凍りつき、慌てて窓を閉める。
ハンドルを握る手がじっとりと汗ばんだのを感じながら、互いの呼吸に耳をすませた。生臭い。
どちらも言葉を発しなかった。言わずとも互いの思いはわかりあっている。
確実に近づきつつあるものへの恐怖と不安だ。
生臭さがどんどん強くなってくる。かぜ気味の鼻でもそのことは十分にわかった。
暑くもないのに汗がにじんでくる。いや、むしろ寒い。
真夏だというのに。
じゃん…
遠く、かすかにその音が聞こえた。
びく、と助手席に座る親友が身体をこわ張らせた。
その腕はびっしりと鳥肌が立っている。
「…後ろか?」
ちらちらとバックミラーを見ながら尋ねる
「わ・わからん」
こわばった動きで身をよじり、後ろを見るがバックミラーと同様になにも現れない。
金属を床に叩きつけるような音が、だんだんと近づいてくる。
脅迫観念に駆られアクセルを踏む。
じゃん・じゃん・じゃん!
丁度勢いのついた車の前方に、毒々しい緑の車が現れた。
こちらの車のライトが数度またたき消える 緑の車は淡い燐光に包まれながら近づく。
耳をつんざくほどのその音は、緑の車に巻きついた鎖のためだった。
緑の車はなぜか車体を幾重にも鎖に拘束されていた。そしてその鎖にはべったりと藻が絡みついている。
『うあああああああ!』
二人の叫び声が車内を満たす。
彼らは運が悪かった。
峠のなかで最大の急カーブが彼らの乗る車を迎えた。
車はガードレールを突き破り、道路から吐き出された。
大雪山にある峠を越えながら、暇なので妄想していたネタです。




