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    9

 足を踏み出す美夜を観咲みさきは制止したが、無視されてしまった。


「結界を越えるな! あいつには力が効かないんだ」


 だが美夜は構うことなく結界を越える。

 誰もが止めようと動いた。しかし弓月は貧血で立つこともできず、観咲は疲労のために眩暈に襲われる。

 唯一追うことのできた涼は美夜を引き寄せ結界を張る。


「退きなさい」


 身じろきするでもなく凛と言い放われ、気圧された涼は思わず美夜の身を離す。

 その華奢な左手がマネキンに向かって構えられた。


 母の願いは知っている。桜屋敷の力を使うことなく、普通の少女としての生活を送ってほしいということは、わかっている。


 けれど義母かあさん、私には無理です。


 大切な人達を守る為には、この力が必要なんです!


 ひらり、と舞い落ちる小さなもの。

 それは無軌道な軌跡を描き、床に舞い落ちる。雪のような危うさはあるが、消えることなく床に佇む。


 どこから降るのか。この閉鎖された空間でなぜ降るのか。


 ひらり、ひらり、と降り積もる。それは淡紅の花びらだった。


 次から次へと舞い落ちるその数が、少しずつ少しずつ増えてゆく。


 その景色に圧倒され、皆立ちすくむ。その隙をつくようにして、美夜は涼の結界から出た。

 

マネキンは間接から嫌な音を発しながら美夜に襲いかかる。


 微動だにしない美夜の目の前で、マネキンの動きが鈍った。その身体には花びらが張り付いている。


 スローモーションのように緩慢になったマネキンはやがて動かなくなる。


 一歩前のことさえ見えなくなるほど桜の花びらが降ってくる。


 遠くから、ざわめきが近づいてきた。


『奇麗。きれい。きれい。きれーい』


『宝石。いっぱいの宝石。ほうせき』


『欲しい。ほしい。ほしいほしいいいいい』


『ほうせききききれいいいいどれすどれす』


『ぅぅぅううううほしぃぃぃいいいいいい』


『ほししししぃぃぃぃいいいいい』


 それは、このウエディングドレスに対して女達が抱いた羨望や憧れの念だった。

 いつのまにか、マネキンに張り付いていた花びらが血が滲んだように赤く染まっている 美夜が右手を振り上げた。

 その手から放たれた炎の大蛇が、くねりながら部屋を舐め尽くしマネキンに襲いかかった。


 火柱が上がる。


 観咲の張った結界は無事だったものの、涼の結界はかき消されてしまった。だが炎の大蛇は涼を襲う事はない。部屋を埋める炎もまた涼に危害を加える事はない。


 炎は美夜の意識とつながっているのだ。そのため涼が敵でないと知っている。


 美夜が腕を降ろすのと同時に、炎が消えた 桜の花びらもまた、その一片たりとも残すことなく姿を消す。もとからなかったのか、それとも炎に焼かれたのかはわからない。


 マネキンがいた辺りには、着る者のいないウエディングドレスが落ちていた。そしてそれに包まれるようしして、一本の幼い木があった。


「桜屋敷にきますか」


 それを見下ろしつつ、美夜が尋ねた。


「…そうですか。残念です」


 木は見る間に黒ずんでいく。まるで見えない炎に喰われているようだ。


 そこには一握りの灰が残った。

 

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