8
監禁されてから、二度目の夜を迎えた。
二人は地下金庫の隅に座り込んだまま、交代で結界を張って身を守っていた。マネキンは何度も攻撃してきたが結界を越えることはできず、今は結界のそばでこちらの隙を伺っている。
支配人はどういうつもりなのだろう。
眠る観咲を起こさないようにと気を配りつつ身じろきする。天井のカメラは相変わらず冷たい視線を送ってくる。
その向こうには支配人がいるんだろうか。
私達が妙な力を使うので恐れているのだろうか…いや、それともこのドレスの噂が世間に漏れることを危惧しているのか。だがそんな理由だけで、監禁などするだろうか。
なにか他に理由があるような気がする。
それがなにか、とまではわからないが。
このまま、ここから出られないのだろうか。
もう二度と、日の目を見る事は叶わないのだろうか。
もう二度と、あのひとには会えないのだろうか。
そう思うと、心が重苦しくなってくる。
やはり俺は…惚れているのだろうか。
ぼんやりと宙を見つめた。
そこに一瞬の隙ができた。マネキンは敏捷な動きで結界を殴りつける。その拳は結界を貫き弓月へと襲いかかった。
ごきぃ! と、鈍い音が間近でして、観咲は驚いて跳ね起きる。
「弓月!?」
ぎっ、とすべてを貫くような鋭い視線で前方を睨み、弓月は結界を強化することによってマネキンを弾き飛ばした。
「すみません、観咲」
右腕から血を流しつつ謝る弓月を睨む。
「馬鹿かお前は。負傷者がしおらしくするな暗くなるだけだろ」
大体の事情は悟った観咲はわざと軽く言う
「無理もない。腹は減ってるし眠いし疲れてるからな。おい……やばいんじゃないのか、それ」
弓月の腕を見て眉をひそめる。
どくどくと脈打ち流れる血は大量すぎ、傷口からは白いものが見えている。骨だ。
「肩を強く縛ってもらえますか。とりあえず出血だけでも止めないと…」
「結界を変わろう。少し休め」
ハンカチで弓月の右肩を強く縛る。
頷く間もなく壁に背を預けた弓月は眠気に襲われるものの、傷が疼き眠れない。
「そろそろ限界か…」
武器や道具はドレスを傷つける恐れがあると、金庫に入る前に没収されている。外界と連絡を取る方法はない。
「携帯電話、買ったほうがいいな」
傷口を自分のハンカチで押える弓月の手が微かに反応した。
「……心配…しているでしょうね」
誰が、とは言わなかった。言わずとも互いにわかり過ぎるほどわかっている。
同意するかのように観咲はゆっくりと息を吐いた。
桜の木のさざめきが、遠く聞こえてくる気がした。二日間もの監禁でささくれだっている神経が、すっと癒されていく。
弓月の息づかいが穏やかになる。そしてその安らぎに身を任せようと瞼を閉じかけた時だった。
床を染める鮮血がにわかに泡立った。
反射的に身を硬くした弓月は傷口を貫いた激痛に呷きを上げる。
それに気づいた観咲は泡立つ血の中から現れる者を見た。
「クソガキ…?」
涼の白髪の頭部が現れ、血が滲んだような色の目と合う。視線を受けた涼は何も言わずに浮上した。やがてその腕に抱く者も現れる
「美夜!」
観咲の呼び声と短い悲鳴は同時だった。
口元を押えながら弓月のそばへひざまずく美夜を見下ろし、涼はまた複雑な顔をする。
彼は弓月がこんな酷い怪我をしていることを知っていたのだ。
美夜が泣きながら、小さくかすれた声でなにか呟いたが誰も聞き取れなかった。
音もなく流れる涙に戸惑い、弓月はなにか言いたかったがなにも言葉が思い浮かばない 思わず手を伸ばしかけたが、その左手はまだ乾ききっていない血がこびりついていた。
それに気づき手を止めたが、美夜の両手がいたわるようにそっと包む。
気をきかせたつもりなのか、観咲はあらぬほうを見ていた。
突然、衝撃が結界内を震わせる。
「またか…」
苦渋のにじんだ声を発した観咲の視線の先には、ウエディングドレスを着たマネキンがいた。結界に体当たりを繰り返している。
「その方は」
「弓月に怪我を負わせた方だ」
吐き捨てるような言葉を聞くと、美夜の雰囲気が一変した。
穏やかな物腰が消え、意志の強さを伺わせる鋭い目つきになる。
そっと弓月の手を置くと、ゆっくりとマネキンを振り返った。
モニターの前に座る痩身の男が組んでいた足をほどき、身を乗り出した。
それを怪訝そうに支配人は見守る。
「さぁ、獲物がかかったぞ」
男は楽しげに呟いた。




