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「美夜さん 大丈夫ですか」
「くやしい…」
弓月の声など聞こえていない様子で、目に涙を溜めながら美夜は呟く。
「あんな、力で無理矢理なんて…」
私ってなんて非力なんだろう、とくやしがる美夜を見て観咲は笑いを堪える。
うーん、我が妹ながらかわいい。
そして同じく肩を震わせる弓月に気づく。
俺がこう思ってるってことは、弓月も、だよなぁ。
「ほら、立て。男より女の方が力が弱いのはあたりまえなんだよ」
観咲の言葉に美夜は納得しきれないという顔で、弓月の手を借りて立ち上がる。
「もうあの金髪野郎が来ても、生身では行くなよ」
「…はい」
俯き涙を拭いつつも頷くその頭を、観咲はそっと撫でてやった。
若い女性が行き来する宝石店の店内で、ショーウインドウを見上げる金髪の男がいた。 それを目聡く見つけ、支配人が慌てて歩み寄る。
「これは連金様。ロンドンでの研究発表からお帰りになられたのですね」
「……ああ。これはおもしろいですね」
見上げたまま言う連金教授に、支配人は愛想のいい笑みを浮かべる。
「こちらのドレスには0.5カラットのダイアモンドが一万個、サファイアが七千個、そして1.0カラットのルビーが」
支配人の説明を遮るようにして連金教授は手を上げた。
「人の魂とは不思議なもので、陰と陽……つまり光と影が内在しているという」
脈絡のない話に支配人は得意の愛想笑いを歪ませる。
「…では、光と影を混ぜ合わせたなら、魂をつくることができるのかな」
笑みを浮かべた連金教授の片手に光の玉が浮かび、もう片方の手には黒い玉が浮かぶ。
「き・教授…それは?」
「ちょっとした手品さ」
たじろぐ支配人に笑いかけ、その二つの玉をウインドウの中に飾られたウエディングドレスに投げつける。支配人がはっと息を呑む 玉は二つともドレスに吸い込まれるように見えたが、異常はない。
この不思議な手品に、なぜか店にいる誰もが関心を払わない。まるで見えていないかのように。
「ただの手品だよ。ただのね」
くすくすと笑いながら、連金教授が店を出るのを支配人は見送った。
宝石に飾られたドレス。宝石は石。炎も風も弾いてしまうだろう。
「石を貫けるのは…あの子だけだ」
背後で湧き上がった妖気に、連金教授は冷笑を浮かべ店から離れた。
ソファーに座るその男は、日本語こそ流暢だったがその容姿は日本人ばなれしていた。 赤味のまったくない黒い肌。艶やかな黒髪に黒眼。さらに黒いスーツを着こんでいるので、なにかしら不安を呼ぶ姿だった。
「リサーチの方には、商品を再びウインドウに飾れるようにして欲しいとのことです」
影、と名のったその青年は淡々と説明する 観咲と弓月は顔を合わせる。どちらも言葉を発さず目線で互いの意思を読む。
「正直言って、私達の手に負えるかどうかわかりません。それでも構わないとおっしゃるのでしたらお引き受けさせていただきます」
影は観咲と弓月をじっと見つめ頷いた。
弓月は一瞬なにかを思い出しかける。
どこかで見たような気がする…。
「お願いします。ではとりあえず必要経費としてこれをお渡ししておきます。明細はいりません」
そう言って、影は封筒をひとつ置いていった。
それを見送った後、観咲は封筒から一枚の紙切れを取り出し目を走らせ、弓月へ放った
「美味し過ぎる依頼ですね」
ため息をついて小切手を見る。
「前払いの間違えかもな。それともそれほどヤバい相手ってことか」
「そういうことでしょうね」
気が張りつめた二人だったが、それを美夜に悟らせることなく数日後にはいつも通りを装って桜屋敷を出た。




