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ざわり、と、庭の桜達がただの木ならぬ気配を漂わせた。
攻撃的な気配だ。
紅茶を注いでいた美夜は不意に手を止め、庭を振り向いた。
凛と引き締まった横顔を見て、弓月と観咲は顔を見合わせた。
一瞬美夜は、桜の花びらに精神を乗り移らせるか生身で行くか迷ったが、決心して立ち上がる。身体ごと行くつもりのようだ。
目覚めて以来、木々と会話する以外で唯一使う術であったので、そう頻繁に使いたくないのだ。
「少し、出かけてきますね」
緊張しつつも笑顔を浮かべる。二人はほぼ同時に立ち上がった。
「あ…、車に…忘れ物をしてきたのを思い出しました」
「俺も」
弓月の言い訳に観咲が同乗する。過保護すぎると互いに苦笑し合った。そして美夜を促すようにして玄関へと向かう。
美夜はどことなく優しい雰囲気を感じていたので嬉しそうに微笑んだ。
二人が美夜を心配して着いてくるのだと悟り切るほど、鋭くはない。
門が見える辺りまで来た時、美夜と弓月は微かに息を呑んだ。
「あれが噂の外人か」
弓月から話を聞いていた観咲は、緊張する二人の視線の先にいる金髪の男が連金教授だと悟る。
「皆、落ち着いて。あなた達を傷つけさせたりしないわ」
頭上の桜の木々に向かって優しく囁き、前を歩く二人の間を通り抜ける。
「我が屋敷になにかご用ですか」
口調こそ丁寧だったが、その声音は桜達に対するそれとは違い、冷え冷えとしたものだった。桜の木々の意識がそのまま美夜に乗り移ったかのようだ。
「!」
車を背にして出迎えるように立っていた連金教授は、言葉を発することができない様子で美夜を見ていた。
「…日本語がおわかりにならないのですか」
「いや。君は、ここに住んでいるひとなの? そっちの二人の面は割れてるんだけど、ここの屋敷についてはクソ頑固な弁護士さんが邪魔して、なにもわからなかったんだが…」
ぴく、と美夜の柳眉が反応した。
「お引き取り願いましょうか。そちら様の用云々については聞く気も失せました」
弁護士をけなされたことについて美夜が気分を害したと気づき、観咲は驚く。
なんであんなキザ弁護士のことで怒るんだよ まさか…美夜は…
「久世恭介の父親のことですよ」
弓月に言われ胸をなで下ろす。
心の中を見透かされたような気がして弓月を見た。
同じ事を考えていたから、そう感じるのだと、気づく。
これで惚れてないなんて言い切るんだから弓月も阿呆だよな。
「そっちの二人は火の一族の若様と風の一族の者だそうだね。その二人に守られる君は何者なの?」
「何者…?」
美夜はそんな質問を投げかけられるのは予想外だったので応えに窮する。
「てめえに関係ねえよ、失せな外人」
一族のことまで知る連金教授をただ者ではないと感じた観咲は、真っ先に美夜の目の前から去らせることを考えた。彼の正体など二の次なのだ。
「あんたの女なのか、火の一族の若造」
「美夜は俺のかわいい妹だ!」
連金教授の挑発に易々と乗ってしまった観咲に弓月は舌打ちする。
「観咲」
咎めるように呼ぶが、連金教授はにやりと笑うとなるほど、と呟いた。
「火祭の者がなぜこんなところに住んでいるんだ?…こんな木だらけの場所に。属性が違うだろう。ここはどちらかというと」
連金教授は考え込み、不意に顔を上げると素早い動きで美夜を抱き締めた。
「嫌っ」
美夜の内に込み上げる嫌悪に真っ先に反応したのは桜達だった。
大股に歩み寄る弓月を追い越して薄紅色の波が連金教授に襲いかかった。
だが桜は美夜の優しさを映し持っている。
連金教授から美夜が離れると、それ以上襲うことはしなかった。
「そうか、《桜》か。やはり土の一族か。それで桜屋敷というんだな。おもしろい…火の一族の者が土の一族の力を操るのか」
「わかったぞ、お前連金の者だな」
火祭家はもちろん、風車家の者も美夜の存在は知っている。おそらく水泉寺家の者も知っているだろう。したがって、美夜の存在を知らなかったこの男は残りの連金一族の者だということになる。
観咲の指摘に連金教授は驚いた表情をみせる。観咲が馬鹿ではないと気づいたらしい。
「ばれたか。連金光だよ。よろしくね、美夜。…今日はもう帰るとするか」
睨む美夜に肩をすくめて車に乗り込む。
その車が遠ざかり、やがて見えなくなった途端美夜は座り込んだ。




