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弓月が見守る中、金髪の男は迷いなく門から敷地内へと歩を進めた。そしてなにやら感嘆の声を上げ桜の木を調べ出す。
はっとして、弓月は金髪の男へ駆け寄った
「何をしているんです」
金髪の男の手にはナイフが握られていた。 それで桜を傷つけようとしたのだ。
「なんだ、君は。ここの屋敷の者か?」
弓月の剣幕に気を害したらしい金髪の男は不機嫌に問うてきた。
「ええそうです。貴方は無断で敷地に入った揚げ句、桜を傷つけようとするのですか!?」
「ここの桜は珍しい。木の皮を調べようとしただけです」
ばたん、と音がして車から眼鏡をかけた青年が降りてきた。
「連金教授はっこちらの方はっ世界でも有数の」
「そんなことは聞いていません。お引き取り願います」
青年の言葉を無視して桜と連金教授との間に立ちはだかった弓月は、強く言う。
連金教授は弓月の鋭い目に怯むことなく肩をすくめる。そして背後の青年を促し車へと向かった。
「また来ます」
助手席へ乗る寸前に弓月を振り向き、そう言った。
二度と来るな、と言いかけて呑み込む。桜を庇うように立ち尽くしたまま、車が遠ざかるのを睨んでいた。
「ありがとうございます」
澄んだその声が耳に届いた途端、弓月の目から鋭さが消えた。
「すみません、勝手なことをして…」
「いいえ。風車さんがやらなかったとしても私がしていました。桜達も、お礼を言っています」
微笑みながら、美夜は辺りの桜を見上げる
「屋敷へ戻りましょう。もうすぐ食事ができますよ」
促す美夜についていく。気がつくと辺りは薄暗くなり始めている。間もなく夜が来るのだろう。
軽く結われた黒髪に誘われるようにして、弓月は心が和むのを感じつつ歩いていた。
なかなか整理のつかない心に我ながら呆れる。そして自分が随分と慎重になっているのが可笑しかった。
なんと言うんだろうな…この気持ちは…。
美夜がゆっくりと振り向いた。桜の花びらがつくる川の中を舞うようにして、弓月を見上げて微笑む。
弓月は息をすることも忘れ立ちつくした。 風に翻弄される髪を掻きあげようとした細く華奢な手が、その先から薄紅色の花びらとなり崩れていく。
長い一瞬のうちに美夜の姿は桜の花びらとなり消えていった。
無意識のうちに伸ばした手を握り締め、込み上げる不安を認めた。
まさか、すべてが夢だったのか。桜の見せた、幻だったのか。
そう思った途端、弓月は目の前の桜屋敷へと駆け込んだ。
居間へと足早に向かい、小さく響く笑い声に安堵する。
そんな自分を改めて認め、滑稽だと苦笑した。
先程会った目つきの鋭い男の振舞いに腹を立てて、なにやらぶつくさと言っている運転席の青年を無視し、連金教授は手帳を広げ何やら走り書きをした。
「なにか参考になるものでもありましたか」
「いや、あそこに停めてあった車のナンバーです。持ち主を調べようかと思いまして。ああ、近くの駅で降ろしてください」
はい、と堅苦しい返事をして青年はハンドルを切る。
「いやぁ、あんな少しの間でナンバーを覚えられるとは…さすがですね。桜屋敷に住む方に直接研究許可を求めるんですか。あのお屋敷に住む方にも興味ありますね。あんな男だけではないでしょうし」
軽やかに笑いよく喋るこの青年に、いささか疲れを感じていた連金教授だったが、言葉の一部に興味を覚えた。
「桜屋敷、というのですか」
それまで相づちさえ打つことのなかった連金教授に興味を持たせたのが嬉しいのか、青年は上機嫌に応える。
「ええ、そう呼ばれています。あのお屋敷の名前なのか、それともあのお屋敷に住む方の氏なのかはわかりませんが」
「桜…か」
広い敷地を埋める満開の桜。その奥にあるという屋敷。
形のない予感を抱きつつ、連金教授は小さく笑った。




