光陰の罠1
閉めた覚えのないブラインドの透き間から朝日が差し込んでいた。小さく呷き、男は瞼を持ち上げる。付けたままのはずの腕時計を見ようと左手を持ち上げて、舌打ちした。
「また…あいつか」
左手首に腕時計はなく、服を着たまま眠ったはずなのに全裸だった。着ていた服は、おそらく備えつけのクローゼットの中に、きちんとハンガーにかけられているのだろう。
「余計な事をしやがって…」
忌々しげに呟きながら起き上がり、男はバスルームへと入っていった。
朝食をとるためにむかうエレベーターの中で、真面目そうな青年と一緒になった。
眼鏡を拭いていた青年は一礼すると人のよさそうな笑みを浮かべた。
「おはようございます、連金教授。昨夜はよくお休みになれましたか?」
眼鏡をかけ直す青年に笑い返し、連金教授は頷く。金の髪がさらりと揺れる。
「日本に着いたのは真夜中でしたからね。服を着たまま眠ってしまいました」
だがいつの間にか服を脱いで、ハンガーにかけられていたが。
青年は小さく笑う。丁度エレベーターが最上階についた。
「ようやく日本に着いたんですね」
吐息混じりの青年の呟きに連金教授は応えず、ウエイトレスに朝食のチケットを渡す。
「コーヒーとサラダだけでいい」
「あ、僕も」
連金教授を追うようにして席につきつつ、青年は話を続ける。
「僕の家の近くに、とても桜の奇麗なお屋敷があるんです。万年桜と呼ばれてまして、春を過ぎても咲き続けるんですよ。もう初夏ですが、きっと今でも奇麗に咲いているんだろうな…。妻の顔も見たいですが、あの桜を見るのも楽しみなんです」
「万年桜…? 春を過ぎても、とはどういう意味ですか? まさか一年中咲き続けるということですか?」
青年は微笑みながら頷いた。
「私は今の家に住んで二十五年になりますが今まで一度もそのお屋敷の桜が咲かない姿を見た事がありません」
祖父もそう言っていました、とつけたす青年に連金教授は身を乗り出す。
「ぜひ見てみたい。案内してもらえないか」
青年は一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔を浮かべ承諾した。




