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   8

「美冴夜ぁ!」


 観咲の叫びは届くはずもなく、炎はさらに燃え広がる。

 美夜は無音の中にいた。

 目はたしかに広がりゆく炎を見つめていたがそれらは脳に伝えられる事はなく、耳もまた轟音をとらえてはいたが、それを伝える事はなかった。ただ感じるのは、自分の内側から起る攻撃的な圧力だった。

 その圧力は意識さえも破壊しようとしていた。その膨大な圧力に対し抗うことなどできずに、美夜の意識は弾け飛ぶ。やがて肉体をも破壊しようとする圧力に、ただ叫び続けることしかできなかった。

 轟音の中に混じる叫び声を聞きつけた弓月は、耐え切れず結界を飛び出す。


「弓月!」


 即座に追いかけ結界の中に引きづりこむ。 観咲に押えつけられた弓月の右腕は、異臭を放ちただれていた。


「お前、腕を…」


「放して下さい! 俺はどうなってもいい…あのひとを助けるっ」


「どうやってだよ」


 苦しげに観咲が叫んだ。弓月は言葉を返せず叫び声がする方を見つめる。

「方法があれば俺だってやる。たったひとりの妹だ。やっと出会えたんだ。救えるものなら命だってかける。神なんて信じちゃいないが、本当にいるのならいくらでも願う。誰でもいい…なんでもいいから美冴夜を助けてくれ」


「雨よ、来い! 水よ、美夜を救えっ救ってくれ」


 誰もが願い、そして叫んだ。彼らは一心に美夜を救おうとした。

 その願いが届いたのか、炎がゆっくりと鎮火していく。勢いが衰えていく。けれどそれはまるで命の灯火が力尽きていくかのようだった。

 不吉な予感を煽るかのように、豪雨が押し寄せる。完全に火が鎮火するとその中央に横たわる少女を見る事ができた。

 微動だにしないその少女へ向かって、観咲弓月、涼が歩き出す。雨はいつの間にか止んでいた。


「死んでるの…?」


 波の呟きに、誰も応えなかった。

 微かに震える手で、観咲は美夜の首に触れる。しばしの沈黙の後、ゆっくりと息を吐いた。


「大丈夫だ…。かなり弱まっているが、脈打っている」


 弓月と涼が安堵のため息をついた時、空からなにかが降ってきた。


「雪…? 違う…花びらか」


 手に受け止め、弓月が呟いた。


「桜の花びらだ」


 涼の言う通り、それは桜の花びらだった。


「なんて、奇麗な…」


 花びらは量を増し、やがて隣に立つ者の姿が見えないほどになる。



 

「涼…」


 柔らかな呼びかけに、知らず胸の高まりを抱えつつ、涼は振り向いた。


「涼。」


 腕を広げるたおやかな女性がいた。顔はよく見えない。


「…かあ…さん?」


「涼」


 優しく抱擁され、涼は混乱する。


 誰だ? これは誰だ? 母さんだと? そんな馬鹿な


「だ…誰…?」


 見上げる涼に、そのひとはにっこりと笑いかけた。


「美夜…?」


 まぎれもなく、それは美夜の顔。


「涼…」


 優しく呼びかけられると、ますます混乱する。


 母さん? いや、美夜か?


 混乱しつつも、その腕から逃れることはできなかった。


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