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   5

『どうして…? なぜ義母さんはあの子を連れて行かなかったの?』


 哀レナ子ノ身ヲ案ジタマデ。





「…・て…? なぜ…」


「気がついた?」


 覗き込んでくる赤い目をとらえた美夜は慌てて起き上がると、涼の腕をつかんだ。

 このひとは、今見た子?


「義母さんと会いましたか? 子供の頃、私の義母かあさんと会いましたか!?」


 涼は不快げに柳眉をひそめつつも頷いた。


「なぜ? どうして義母さんはあなたを連れて行こうとしたんですか? 土と水の力が反応するからってなぜ連れて行かなかったんですか?」


 木から聞いたのか。これが桜屋敷の力ということなのか。


 苦々しく思った涼は、腕をつかんでいる美夜の白く細い手を剥がし握り返す。


「聞いていいのか? お前は目をそらしたくせに。気づかないフリをすることを選んだくせに」


 ぎくりとした美夜は身をひきかけるが、手をつかまれているのでそうもできない。


「あ…わ・私…」


 震える唇で紡ごうとした言葉は涼の声に遮られる。目つきを鋭くし、空を一瞥し、泉へと手をふりかざした。


「忌々《いまいま》しい火祭ひまつりの男から指輪を奪ってこい!…結界に触れているのは奴等だ」


 どうせ奴等には入り込めることなどできやしない。

 泉が小さな波紋を咲かせる。泉の水は湖の水へと水泉寺の当主により与えられた命令を伝えてゆく。


「ゆ…指輪…?」


 唇を震わせていた不安が恐怖に変わる。

 真っ青になった美夜を、涼は残忍な笑みで見返した。なにも言わずに、恐怖をあおりたてるかのように。

 





 湖の岸辺には長身の男が二人ほどいた。片方の男が、湖の中央へ向かって手を差し出しながら舌打ちした。


「くそ! なんて頑丈な結界なんだっ」


「炎も入れないようですね」


 もう片方の男、弓月ゆみづきは上を見上げつつ言った。彼らの頭上では同じように結界に阻まれ、先へ進む事のできない少女が浮いていた。

 美夜の姿をしたその少女は、美夜の内より弾き出された炎を操る力が、具現化されたモノだ。弓月はそれを炎と呼んでいる。


「まいったな、なんかいい道具を持ってきたか?」


「実家に帰る暇なんてありませんでしたからね。とりあえず事務所に置いてあった、めぼしい物は持ってきましたけど…」


 道のない樹海の中を、彼らは歩いてここまできた。弓月が今まさぐっているリュックはかなり大きく、それを背負ってきたのならば見かけによらず力があるらしい。


観咲みさき…、これはなんですか?」


「ああ?」


 弓月が示したリュックの中身を覗き込み、観咲は首をかしげた。

 そこには細長い木造の箱が入っていた。


「随分古くさいな。…こりゃ桐じゃないか。なんか高価な物でも入ってるのかな」


「ということは、これ、観咲が入れたんじゃないんですか?」


 値踏みする観咲の顔を見返し、手元の箱に目を移す。


「知らね。開けてみようぜ」


 言うが早いか観咲は箱に手を伸ばし封をほどく。

 箱の中には布にくるまれた一振りの刀身が現れた。遺跡から発掘される銅剣のように荒削りな細工が施されている。鞘はなく、抜き身のままだった。


「字が…刻まれていますね。天」


「『天火呼命』…アマヒコノミコトだ!」


 叫びつつ刀身に手を伸ばす観咲は、問いかけるような弓月の視線に呟いてみせた。


「うちの倉にしまい込まれているはずの宝剣だ。その一振りで雷を呼ぶことができるといわれている。なんだってこんなところに…」


 弓月はなにやら思い至ったようだが、剣を握る観咲から目をそらす。


「まぁ、いい。それよりこいつで結界をブチ壊してやる!」


 観咲が剣を振りあげた時だった。湖面が泡立ち膨れ上がった。


「!?」


「観咲!」


 弓月の声も空しく、観咲は一瞬にして襲いかかってきた水に呑まれる。


「観咲!」


 だが湖水は弓月を攻撃することなく、再び湖へと引いて行った。観咲が湖へ引きずり込まれなかったのは、皮肉にも結界のお陰だった。


「なんだったんだ…一体」


 気絶した観咲に駆けより、そう呟いた。


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