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二人は、呆然として庭を見下ろしていた。
主のいない屋敷は閑散としていて、二人がそこにいることを静かに責めているかのようだった。
「あのガキ…」
恨みのこもった観咲の呟きが低く響く。
「水泉寺の少年は、風車の力が火祭の力と相乗し合うように、水泉寺の力が桜屋敷と相乗し合うことを知っているんですね」
「戻るぞ。炎の属である美冴夜の生き霊は、再び美冴夜を追うはずだ。パソコンに入ってくる情報を引き続き分析してくれ」
背を向ける観咲を、弓月は何か言いたげに見ていたが何も言わず目を伏せた。
目を閉じ、口を閉ざし、微動だにせずに、美夜は水の牢に佇んでいた。五感全てを凍らせて、ただひとつのことに集中していた。
桜を探していた。貪るかのような勢いで、急く何かに追い立てられながら、桜を探していた。意識の触手を伸ばし尽くして、桜の木を探していた。
ない…。近くにいないの…?
なぜ自分かこうも桜を求め、桜に飢えるのか、わからなかった。けれど諦める気など起きない。
桜を探し始めたきっかけは、この場所から逃げようと思ったからだ。近くにいる桜と話し、助言を受けようと思ったのだ。
「無駄だよ」
涼やかな少年の声がかけられたが、水牢の中で鎮座する少女に反応はなく、身動きすらしようとはしない。
「無駄なんだよ。この水の社は水中にあるんだから」
涼がいくら言葉を募ろうと、美夜が反応することはなかった。涼は眉根を寄せて、
「強情な女め…」
と呟いたが、水牢のそばを離れようとはしなかった。
美夜には、なぜ桜を探しているかなど、とうの昔にわからなくなっていた。ただ飢えていたのだ。桜に飢えていたのだ。
「涼様…この女、もう三日もこの状態です。無理にでも食べ物を与えた方がよろしいのではありませんか?」
波がそう言うのを待っていたかのように、美夜を囲っていた幾本もの細い滝が途切れる 駆け寄りたいのを押えながら、涼は早足で美夜のそばへと行く。そして顔を覗き込み、かすかに息を呑んだ。
三日の間、飲まず食わずでいたからか、美夜の顔には焦燥の色が濃い。
いや…食事のせいではない…。
涼は戸惑いながらも、美夜を抱き上げる。 それを瞳に映す波の心には、嫉妬が溢れていた。
「医者を呼べ。…上に移る」
「そんな! 館には植物があります! その女が逃げてしまいますよ涼様…」
波の言葉など聞かずに、美夜を抱えた涼の白い姿は水の中へと沈んでいった。




