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水の檻1

 みさや。


 名を呼ぶ声が、耳の奥で何度も繰り返される。

 私の名ではないのに、なぜか引っかかる。


りょう様!」


 幼いがりんとした少女の声で、美夜は我に返った。見ると、茶色い髪をショートカットにした背の高い少女が、水を跳ねつつ駆けてきた。


 美夜は辺りを見回す。そこは広く大きな部屋だった。


 いく筋もの水が天井から流れ落ち段になっている床を下っていく。


 美夜は丁度その頂上にいた。頂上の広さは十畳ほどだったが、なぜかここには滝が流れ落ちてきていない。

 訝しげに立ち上がった美夜は、背後にひとがいることに気づき、咄嗟に逃げようとする 段を下りようとした途端、頭上から降りてきた滝が行く手を阻む。それを避けて先に進もうとしたが、滝は頂上を囲む格子のように次々と降りてくる。


「無駄だよ。逃げることは許さない」


 美夜の背後に立つ水泉寺少年涼は言い放った。


「帰してください!」


「涼様…? その方は一体どなたです?」


 駆け登ってきた少女は、戸惑った視線を美夜に向けた。


「この女の世話はお前にまかせる」


 それだけ言うと、涼は段を降りていった。

 その際、頂上を囲む滝に打たれたはずだったが、髪も、服も、どこも濡れていはいなかった。

 ショートカットの少女は、もの言いたげな視線で涼を見送り、なみと名のった。

 波の瞳は、どこか刺があると美夜は感じた


「ここは…どこなんですか?」


「お名前は?」


 あからさまに問いを無視され、美夜は気分を害するよりも驚いてしまった。


「…さ・桜屋敷美夜と申します」


 気圧されたのか、言葉が詰まる。


「桜屋敷ですって」


 声を張り上げた波は危うく段より足を踏みはずすところだった。


「そんな…桜屋敷一族がまだいたなんて…」


「私が桜屋敷家の者であることが、あなた達になんの関係があるんですか どうして水泉寺すいせんじの方は私をこんなところへ連れてきたんです」


 波は訝しげに美夜を見返すと、思案するかのように視線をそらした。


「…涼様の指示がない限り、何も教えることはできないわ」


「そんな!」


 さらに言い募ろうとする美夜に背を向け、波は段を下りて行った。

 濡れることなど構わずに追いかけようとしたが、頂上を囲む細い滝は鋼のように揺るがない。

水を操るのは、水泉寺一族。


「これが…水泉寺一族の力…」


 私が木々と会話ができる力を持つように、彼らは水を操ることができるのね。

 途方に暮れ、ため息をついて座り込んだ。


 …どうしよう…。

 

 





 高校生が二人、肩を並べて道を歩いていた 部活の帰りなのだろうか、二人とも肩からスポーツバッグを下げている。


「佐伯の野郎がさー抜き打ちするって噂。」


「あいつ陰険だからなぁあれ?」


 片方の高校生が歩を止めた。もう片方の少年も歩を止め、友人の視線を追う。


「なんだ、あれ」


「ミミズ…にしては赤過ぎるな。ツチノコかな?」


「あほ。ツチノコっつったら茶色だろ?」


「見た事あんのかよ」


「ない」


 どつき合う二人に向かって、赤く小さな細長い生き物が近づいてきた。


「ムカデじゃねえの?」


「足ねえぞ」


 身をかがめてよく見ようとした少年は慌てて身を引いた。


「蛇だ!」


「え」


 驚く二人に構いもせずに、二匹の蛇が去っていく。


「赤い蛇…?」


「突然変異か?」


 後日、赤い蛇についての噂が流れたが、白河学園の幽霊についての噂にかき消された。 


「もう、二本とも切られたのか…。あいつらはなにをやってるんだ?」


 朱人あけとは手首に絡みつく二匹の赤蛇を見下ろしながら、ため息をついた。


「かすかに水の気が残っているな…。まさか水泉寺の小僧が嗅ぎ付けていたのか?」


 なんてことだ、としばし頭を抱えて、急ぎ足で屋敷を後にした。

 


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