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[わ…たし…?」
ざわ、と全身が総毛立つ。神経がぴん、と張りつめた。
後ろにひきかけて身を凍らせる。背後にも気配がある。
振り向く先にも少女。
美夜とそっくりな少女がいる。
木々がそよいだ。
ニゲロ!
木々の警告に従い、美夜は屋敷へ向けて走り出す。二つの気配も動き出したことが肌で感じられた。
背後で車の音がしたことに、美夜は気づく事ができなかった。ただひたすらに走っていた。
けれど間をおかずに、前方をふさぐ少女が現れた。彼女らの動きは、早い。
着物姿の美夜には逃げきることができない。
背後にも気配がある。咄嗟に右へと行こうとした。だがそれすら無駄だ、と言うかのように再び少女が行く手を阻む。
逃げられない。
鼓動がやけに近い。どくどく、と鼓膜のすぐそばで鳴っている。
じり、と前方の少女が近づいてきた。
捕まったら、どうなるんだろう…
思った瞬間濡れたその目に捕らえられた。
心の奥から溢れ出すものがあった。
悲しみは…伝染するんだろうか…
ずるずるとその場に座り込んでしまう。
白い手が、突然間近に現れた。一瞬白い少年を思い出しかけたが、そこにいたのはもうひとりの少女だった。美夜に触れようと手を伸ばしている。そしてその目も濡れている。
悲しみが更に押し寄せる。
「嫌ぁ!」
美夜の叫びなどものともせずに、白い手は触れようとした。
プツッ!
寸前、なにか糸が切れるような音がした。 同時に少女は弾かれる。そしてその衝撃を受けたまま、消えた。
桜の花びらの塊が、少女の跡に現れ地に舞い降りる。
それを踏み越え、もうひとりの少女が美夜に歩み寄ってくる。
ひ、と喉を鳴らし美夜は逃げようとした。
けれど腰を抜かしてしまったのか、身体が思うように動かない。
「こないで……こっちにこないで…」
潤んだ声で訴える。けれど少女は動きを止めない。
「美冴夜!」
右手から人影が駆けてきた。
「せん…せ…」
「怪我はないか」
力なく頷くと、観咲はかすかに息をついた。
「弓月! こっちだ!」
美夜を背にかばいつつ、声をあげる。その目は迫る少女を捕らえていた。
「みさ…桜屋敷、逃げろ」
美夜はゆるゆると首を振る。観咲は見えてはいないが気配でそれを悟った。
「美夜さん! 無事ですか」
「弓月、桜屋敷を連れてけ」
駆けつけた弓月は頷くと素早く美夜を抱き上げた。
ボッ!
観咲の掲げた両の手に炎が灯る。火種のない炎。不思議なことに、炎は観咲の手を傷つけない。
少女は構わず前進した。炎を怯えず、立ちふさがる観咲に目もくれず、一途に美夜を追いかけようとする。
ち、と観咲は舌打ちし、炎を少女にかざす。
不本意ながら、牽制程度に炎で威かそうとしたのだ。
少女は炎に触れた。歩く度に足に触れる草のように、まったく眼中にない様子だった。
だが、少女が炎に触れた瞬間、その身体は炎に包まれたかのように見えた。
「!」
観咲は驚いて数歩退く。
そこにあったのは炎に包まれた少女、ではなく炎のみ、だった。
少女は炎へと姿を変えたのだ。
「やはり桜屋敷は美冴夜なんだな…」
手のひらをそっと見下ろした。
火祭家は火の一族。炎を操る能力を持つ。
その他霊感にも長け、拝み屋まがいの仕事をする者が多い。
その一族に名を連ねる者、美冴夜。彼女もまた炎を操る能力を持っていて当然である。
桜屋敷は土の一族。木々草花を操る能力を持つ。だが子孫ができにくい一族だった。
前当主美夜の母親が最後の直系だった。
弓月の推理によると、子供のできない身体だった美夜の母親、美枝は土の一族としての力を才能ある子供に継がせようとした。
その矢面に立ったのが美冴夜だった。火の一族の者ならば才能があって当然だ。炎を操る力がまだ現れていないうちならば、それを封印することもたやすい。そのため幼い美冴夜が狙われた。
「桜屋敷美枝の死によって火の一族たる力の封印が解かれました。つまり美夜さんの内には火と土の力の両方が存在してしまったんです」
安全運転がモットーの弓月には珍しく荒い運転をしつつ、弓月は説明する。
「質の異なる力どうしか…。そんなものがひとの内で許容できるのか?」
「無理だと思います。そのため二つの力は牽制し合い、彼女の内から弾き出された…。それが巷を彷徨う美夜さんの姿をしたモノでしょうね」
ぎ、と観咲は膝の上で拳を握り締めた。
「なぜ…美冴夜がこんな目に合わなきゃならない…」




