16
「昨日、別れた後、門の前で会った」
思い出せば今でもゾクリ、とするほど美しかった。
ひとではなかったからか。
ざ、と観咲が立ち上がった。弓月が一瞬早く三階へと駆け上がっていく。
「美夜様の周りをウロつくと言っていたな。具体的には何をするつもりなんだ?」
「今回の依頼内容はアレを消すことだ。そのためにはみさ…桜屋敷自身に探りをいれなくてはならない。どう考えたってアレと桜屋敷が無関係だとは思えないからな」
振り返り説明する観咲の目は鋭い。
どこかに、怒りを抱えているようだった。
「その必要はない、と、言ったでしょう」
上着を観咲に放り、自らもジャケットに腕を通しつつ、三階から下りてきた弓月は涼しげに言った。
「またそんな甘いことを!」
「彼女が選んだことで、貴方が不満に思っているのは知っています。ですが、それを理由に桜屋敷さんを苦しめていいとは思いませんよ」
「だが」
言い募る観咲を弓月は手で制した。
「アレが現れる理由も、その目的も、だいたい予測できます。行きましょう、時間がない」
観咲の返事も待たずに、弓月は事務所を出て行く。
観咲も問いただそうと追いかけようとしたが、ドアの前で立ち止まる。そして恭介を振り返った。
「おいあんた、早く出てくれ。閉めれないじゃないかよ」
恭介は素早く立ち上がったつもりだったが観咲にはおっくうそうに見えた。
それほど恭介の体調は悪い。
「私もついて行きたいんだが…足手まといになるか?」
「ああ。足手まといだ。あんたは家でゆっくり休んだほうがいい。…アレの『気』に当てられたらしいな」
鍵をかけつつ言う観咲を、恭介は問うように見た。
足手まといだとはっきり言われたのは予想していたので構わない。だがセリフの後半が気になる。
「悪いが本気で急いでるんだ。講義はまた今度な。さっさと帰って休めよ、そんなんじゃ仕事なんてできねえぞ」
階段を駆け降りつつ言う観咲に、恭介は複雑な笑みを返した。
お前は友達が多そうだな。
ばたん、と階段の昇降口前に止まっていた白いワーゲンに、観咲が乗り込んだ音がした 遠ざかるワーゲンを見送りつつ、恭介は携帯電話を取り出した。
「美夜様? …久世です。具合はいかがですか? それはよかった。…実は、今からそちらに火祭先生と風車先生が行かれるそうです。学校? …そうですね…今日は休みなのではないでしょうか。創立記念日というのもありますよ」
そこで言葉を切り、恭介は密やかに笑う。
「…ああ失礼。なんでもありませんよ。ええでは…何かありましたら必ず私に連絡してください。はい、失礼します」
ぷつ、と電子音が響く。
携帯電話を見下ろしつつ、恭介は苦笑した
「本当に…普通の、礼儀正しいお嬢さんなのに…」
気怠げに髪をかき回す。セットした髪が崩れた。ついでにネクタイもゆるめながら階段を下りる。
まあ、普通じゃないといえば…あの美しさだな。
「将来が楽しみだ」
くつくつと笑いながら、恭介は駐車場へ向かった。
美夜の霊を見ても、恭介は彼女を恐れるようなことはしなかった。
受話器を置きながら、美夜は首をかしげる
「創立記念日…。そうなのかしら?」
疑問を抱えつつも彼らを向かえるべく、手早く掃除をすませ、お湯を沸かしポットに入れる。
「そろそろかな…」
エプロンを取り、玄関から庭へと出る。
美夜はあいかわらっず和服姿だったが、この屋敷と庭ではまったく違和感がない。
ざあ!
強い風が吹き、木々がその身をしならせる 桜の花びらが横切るのを眺めながらそっと瞼を閉じた。
遠い昔の潮騒が聞こえてきた。
どうして…、私の本当の家族は…私を置いていったのだろう…。
軽く首を振り、目を開けた。
流れる花びらを目で追いながら歩き出す。
最近、よくそんなことを考えるようになった。
母さんが、逝ったからだろうか…。
母さんがいる間は、考えてはいけないことだと思っていた。
今はもう、誰もいないから…
ふ、と顔を綻ばす。
「『家族』に『置いて行かれる』…そういう運命なんだろうか…」
歳に不釣り合いな哀しい笑みだった。
同じ年頃の少女達は春の日差しのように柔らかで温かな笑みを浮かべるものなのに。
気がつくと、木々の間に門が見える位置まできていた。
門のそばには車がない。まだきていないようだと安堵する。
不意になにかの気配を感じた。視界の隅に翻る灰色のものに気づく。
「…先生?」
歩いてきたのだろうか。待ち切れずに庭へ入ったのだろうか。
見やる視線の先には、観咲も弓月もいなかった。
少女。
長い髪の少女。
灰色の制服を身にまとい、じっと美夜を見つめる少女が立っていた。




