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とあるオフィス街の一角に、さしたる特長のない三階建てのビルがあった。
粗野なコンクリート造りで、らせん状の非常階段がついている。非常階段の下りた先は駐車場になっている。駐車場は車が三台留まれるほどの簡素なものだった。
今、その駐車場に黒塗りの高級車が留まっていた。おかげで常に留められている白いワーゲンは窮屈そうに見える。二台分の面積を高級車が占めていた。
非常階段の反対側には、ビル内部へと続く階段があった。
かつん、こつん、と硬い足音が聞こえてくる。
階段は、ビルの二階までしかなかった。一階へ続くドアはなく、三階へ続く階段はなかった。
足音は二階のドアの前で止まった。
三階は2LDKの居住階だった。
ビルの所有者達がそこに住んでいる。
「観咲! 観咲っ大変ですっこれを見て下さい」
南向きの部屋から弓月が叫んだ。
散らかった居間でインスタントのコーヒーをすすっていた観咲は、煙草を探しつつ弓月の部屋へ入る。
「弓月、俺の煙草知らないか」
胸、腰、とポケットをまさぐるが見つからない。昨夜眠る時、面倒なので着替えなかった。だからポケットには煙草が入っているはずなのだ。
「桜屋敷ですよ!」
床に放り投げられていた弓月の上着をまさぐっていた観咲は、上着を投げ捨て弓月のデスクへ歩み寄る。その手には煙草の箱が握られていた。
「なにが美冴夜なんだ」
コンピューターの画面に浮かぶものを見ても観咲にはよくわからなかった。
かろうじて都内の地図らしい、と読み取る ただ点やら円やらが記され、地図の機能を果たしていない。
「噂の霊もどきが現れた場所をマーキングしていったんです。そして法則性があるかどうか調べてみると、出現場所こそランダムでしたが、向かっている場所はひとつだったんです!桜屋敷ですよ」
息を呑んだ観咲の喉が、ひゅ、と鳴った。 そして表情を硬くしたまま、くすねた煙草に火をつけた。
「観咲」
「煙草、止めたんじゃなかったのか。上着に入ってたぞ」
弓月が何か言いかけるのを遮り、逃げるように部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、弓月は重くため息をついた。
ビ、と来客を知らせるブザーが響いた。
ぬるくなったコーヒーをすすっていた観咲は、灰皿に置きっぱなしの煙草をもみ消しつつ立ち上がり、二階へと続く階段を下りる。 遅れて弓月も二階の事務所へ向かった。
埃っぽい事務所内に、男がひとり立っていた。
「なんだよ、まだ証拠は撮ってないぞ」
観咲が憮然として言い放つと、ドアの前に立っていた男は軽く首を振る。
「証拠はいらない」
かつこつ、と足音を立て勧められてもいないのにソファーへ腰かける。
「顔色が悪いぞ、弁護士さん。言動も妙だしなさては女に振られたな」
にやり、と意地の悪い笑みを浮かべて、恭介の向かいに座った。
「そんなことで顔色を変えるはずないだろ」
気怠げに言う恭介は本当に顔色が悪い。
「おおかた幽霊でも見たんでしょう」
はっとして観咲は弓月を振り返り、恭介に顔を戻す。
観咲は身を乗り出した。
苦々しい顔のまま煙草をくわえる恭介は、弓月の言葉を否定しない。
「美人だったよ。…夢だって言われたら信じるがな」
「どこで見たんですか」
冷ややかな弓月の言葉に、恭介はなにか皮肉を言おうとしたが口をつぐむ。
からかう気分ではなかった。
「昨日、別れた後、門の前で会った」




