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「やはり親類の方でしたか。ヒマツリなんて珍しい名ですからね」
ほっとしたようにため息をつく。車を戻すことはしない。
「おい弓月! 戻せったらっ、桜屋敷は美冴夜なんだよっ」
「行ってどうします? 兄であることを打ち明けるんですか?」
「決まってるだろ!」
弓月につかみかかろうとして観咲は我に返る。
「美冴夜は…なんで高一なんだ? 俺より四つ下だから十七才のはずなのに」
「なるほど」
呟き、弓月は車を車道の脇に寄せた。
「なにがなるほど、だよ」
「美冴夜さんはなぜ火祭家より消えたんですか?」
「…誘拐されたんだよ。俺が七才の時…まるで両親がいないのを見計らったかのように、美冴夜は攫われた」
観咲の重い口調に弓月は頷いた。
「この指輪があれば身元はすぐにわかりますからね…火祭家の情報網にひっかからなかったということは、この指輪は隠されていたということです。そんなことをするのは犯人のみでしょうし…」
「こないだ死んだっていう桜屋敷の…美冴夜の母親だ!」
こくり、と弓月は神妙に頷いて肯定した。
「そう。美夜さんにとっては母親なんです。観咲にとって憎い者でも」
「どういう意味だ…?」
「美夜さんは指輪を投げたんですよ、わかりますか、観咲」
そんな、と呟き観咲は指輪を見つめる。
「あいつは…美冴夜は…俺たちとの絆を、血の絆を捨てて母親を選ぶのか」
ゆるゆる、と弓月は力なくかぶりを振った「その指輪を見た時、美夜さんの心は血のつながりのある家族への興味より、自分の母親が自分を騙していたことの方が衝撃だったんでしょう」
弓月はそっと紙きれを観咲に手渡した。
自称炎の仕事人が渡してくれたものだった 無言で受け取った観咲はそれを読むなり引き裂いた。
そこには、桜屋敷美夜の出生が書かれていた。
「一家心中だと? 取り残されていただと?身元を証明するものがなにもなかっただって? ふざけるな! すべてあの女が仕組んだんだろう」
くそ!、と叫び両手で膝を打ちつけた。
弓月はそれを静かに見下ろす。
「それでもあいつは…美冴夜は母親を選んだのか…」
「彼女はなにも覚えていません。指輪のこをは一切忘れてしまっています。…逃避、と呼ばれる行動です」
それほどまでに、受け入れたくないことだったのか。
そう知り観咲は言葉を発することができない。頑なな拒絶を感じた。
男は、ぼぅ、として背後の桜を見上げていた。
からかいがいのある青年達との話が済んだので屋敷へ戻り、いこいの時間を取り戻そうとしたのだが、なぜか気がつくと門へ出ていた。
観咲達の乗ってきた白いワーゲンはない。
「仕方ない。今日は大人しく帰るか」
小さく肩をすくめ、自分の車へ向かおうとした時だった。
なにか気配を感じて振り返った。
ほぼ同時にはっと息を呑む。
「美夜様…」
そこには頬を涙で濡らした美夜が立っていた。
少女の泣き顔は、なぜか男の胸を苦しく締めつける。
恭介は衝動に身を任せ、美夜をその両腕で抱き締める。
「泣くな…」
そのやわらかな身体を感じながらも、いつの間に制服に着替えたのだろうなどと頭の隅で思った。
つい条件反射で白いうなじに唇で触れようとした瞬間、腕の中のやわらかな身体が、消えた。
ふぁさ…、と無数の桜の花びらが腕の中から散っていく。
呆然と立ち尽くす恭介をあざ笑うかのように、風は花びらを攫っていく。
幽霊。
真っ白な脳裏にその言葉が浮かんだ。
それからしばらくの間、恭介は動くことができなかった。




