表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/94

    13

「やはり親類の方でしたか。ヒマツリなんて珍しい名ですからね」


 ほっとしたようにため息をつく。車を戻すことはしない。


「おい弓月! 戻せったらっ、桜屋敷さくらやしき美冴夜みさやなんだよっ」


「行ってどうします? 兄であることを打ち明けるんですか?」


「決まってるだろ!」


 弓月ゆみづきにつかみかかろうとして観咲みさきは我に返る。


美冴夜みさやは…なんで高一なんだ? 俺より四つ下だから十七才のはずなのに」


「なるほど」


 呟き、弓月は車を車道の脇に寄せた。


「なにがなるほど、だよ」


「美冴夜さんはなぜ火祭ひまつり家より消えたんですか?」


「…誘拐されたんだよ。俺が七才の時…まるで両親がいないのを見計らったかのように、美冴夜は攫われた」


 観咲の重い口調に弓月は頷いた。


「この指輪があれば身元はすぐにわかりますからね…火祭家の情報網にひっかからなかったということは、この指輪は隠されていたということです。そんなことをするのは犯人のみでしょうし…」


「こないだ死んだっていう桜屋敷の…美冴夜の母親だ!」


 こくり、と弓月は神妙に頷いて肯定した。


「そう。美夜さんにとっては母親なんです。観咲にとって憎い者でも」


「どういう意味だ…?」


「美夜さんは指輪を投げたんですよ、わかりますか、観咲」


 そんな、と呟き観咲は指輪を見つめる。


「あいつは…美冴夜は…俺たちとの絆を、血の絆を捨てて母親を選ぶのか」

 ゆるゆる、と弓月は力なくかぶりを振った「その指輪を見た時、美夜さんの心は血のつながりのある家族への興味より、自分の母親が自分を騙していたことの方が衝撃だったんでしょう」

 弓月はそっと紙きれを観咲に手渡した。

 自称炎の仕事人が渡してくれたものだった 無言で受け取った観咲はそれを読むなり引き裂いた。

 そこには、桜屋敷美夜の出生が書かれていた。


「一家心中だと? 取り残されていただと?身元を証明するものがなにもなかっただって? ふざけるな! すべてあの女が仕組んだんだろう」


 くそ!、と叫び両手で膝を打ちつけた。

 弓月はそれを静かに見下ろす。


「それでもあいつは…美冴夜は母親を選んだのか…」


「彼女はなにも覚えていません。指輪のこをは一切忘れてしまっています。…逃避、と呼ばれる行動です」


 それほどまでに、受け入れたくないことだったのか。

 そう知り観咲は言葉を発することができない。頑なな拒絶を感じた。




 

 男は、ぼぅ、として背後の桜を見上げていた。

 からかいがいのある青年達との話が済んだので屋敷へ戻り、いこいの時間を取り戻そうとしたのだが、なぜか気がつくと門へ出ていた。

 観咲達の乗ってきた白いワーゲンはない。


「仕方ない。今日は大人しく帰るか」


 小さく肩をすくめ、自分の車へ向かおうとした時だった。

 なにか気配を感じて振り返った。

 ほぼ同時にはっと息を呑む。


「美夜様…」


 そこには頬を涙で濡らした美夜が立っていた。

 少女の泣き顔は、なぜか男の胸を苦しく締めつける。

 恭介は衝動に身を任せ、美夜をその両腕で抱き締める。


「泣くな…」


 そのやわらかな身体を感じながらも、いつの間に制服に着替えたのだろうなどと頭の隅で思った。

 つい条件反射で白いうなじに唇で触れようとした瞬間、腕の中のやわらかな身体が、消えた。


 ふぁさ…、と無数の桜の花びらが腕の中から散っていく。


 呆然と立ち尽くす恭介をあざ笑うかのように、風は花びらを攫っていく。


 幽霊。


 真っ白な脳裏にその言葉が浮かんだ。

 それからしばらくの間、恭介は動くことができなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ