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階段から下りてくる人影をとらえ、観咲と恭介は動きを止めた。立ち上がりかけた不自然な格好で呆然と美夜を見つめる。
「和服か…いいもんだな…」
観咲の呟きに恭介はこっくり、と頷いた。
「お待たせして申し訳ありません。今お茶をお持ちしますね」
無理をするなと止める間を与えずに美夜は台所へいくと数分でお茶を運んできた。
塩漬けにした桜の沈む桜色のお茶だった。 お茶菓子を出しながらソファーに置かれた白衣に気づく。
「火祭先生は…白衣を着てらっしゃいましたか?」
「あ。」
ほくほくしながらうぐいす餅を食べていた観咲は手を止める。
「弓月だ。車に書類を取りに行ってまだ帰らないのか、あいつ」
「あらら…屋敷に入れないんだわ。迎えにいってきますね」
「いいよ。そのうち戻ってくるさ」
盆を置きながら美夜は観咲に笑いかける。
「この屋敷は、入るひとを選ぶんですよ」
不思議そうに見返す二人を残し、美夜は屋敷を出て庭へ入った。
桜の花びらは美夜に優しく舞い降りる。愛撫するかのようにそっとその身体に触れ地に降り積もる。
知らず微笑みを浮かべながら庭の端へ向かう。
桜の庭にいることが、今はなによりもの幸せだった。
木々の間に門が見えた時だった。
「そんなことが可能なのですか」
「わからん…。異質な力同士が反発し合いその折に生じた衝撃で外に出てしまったのではないかと思うが…」
苦渋のにじんだ中年男の声。それには聞き覚えがあった。
庭から出かけた美夜は歩を止める。
会話が途切れ、誰かが近づいてくる気配がした。
美夜は慌ててきびすを返し屋敷へ向かおうとする。
今の声は、例の不審な男の声。
「待ってください!」
大きな手で腕をつかまれ思わぬ強い力で背後に引かれた。
転びかけ、それを背後の者が身体で受け止める。
美夜は恐怖で身がすくみ身体がこわばり背後を振り向くことさえできない。
母さん!
ばさばさ、となにかの用紙が落ちる音がした。背後の者が落としたのだ。
美夜を抱きとめている身体が緊張で硬直していることに、恐怖に震える美夜は気づかない。
「おいおいゆみちゃん、女の子をいじめちゃだめだよ」
中年男の声が聞こえた。
「す・すみません、驚かせてしまって…その…また消えてしまうのではないかといやその…」
背後の男が慌てて離れた。美夜は飛びのき桜の木に寄り添う。
「あーあ…ゆみちゃん…女の子泣かしちゃいけないよ。半殺しの刑だね」
「申し訳ありません…あの…もう起きて大丈夫なんですか?」
美夜を気づかう声に、警戒を解く。保健室にいた男だと気がついた。
こくり、と頷き中年の男へ視線を移す。
「ん?あ。こないだは驚かせてすまなかったね。変人だと思われちゃったかな? 大丈夫! おじさんは変人だけど変態じゃないよ。炎の仕事人とよんでくれたまえ!」
訳のわからんことを言い切り胸を張る。
美夜の不審そうな視線と弓月の呆れた顔に男は表情を改める。
「君の…お母さん…の、古い友人だ。亡くなったと聞いて訪れたんだよ」
男は寂しそうな笑いを浮かべ、美夜をまっすぐに見つめながら言った。
怪しくはあったが、悪人には見えなかった とはいえ美夜はひとに慣れていない。悪人であるかどうか見分ける力は無いに等しい。「母さんの…? 親類や知人はいないのだと思ってました…」
男は複雑な表情をする。
「友人とはいえ、名前しか知らない程度だ。だが…とてもとても古い友人なんだよ」
妙な言い方だったが、母の知り合いなら、と美夜は促すように首をかしげた。
「母に会っていかれますか? そのためにいらしたのでしょう?」
男は苦笑を返す。
「うん。…でも、もの凄く残念なんだが今日は駄目なんだよ。また来るよ。その時に焼香をあげさせてくれ」
こっくり、と頷き返し弓月に視線を移した 目が合う。弓月は美夜を見つめていた。
「あ…あの、それ、踏んでますけど…」
美夜は弓月の足下を指さす。
「えうわ!」
弓月は飛び上がり足跡のついた書類を拾う 悪いとは知りつつも笑っていると中年男の視線に気がついた。
「名前を、教えてくれないかな」
にっこり、と目が合ったことが嬉しいのか男は微笑む。
「美夜…、桜屋敷美夜と申します」
はっと男は息を呑むと沈黙した。
不自然なほどの沈黙の後ようやく男は口をひらいた。
「…いい名だ…」




