逆転授業
授業といえば、多くの方が想像されるのは、学校でのことであろう。一番印象に残っているのは小学校時代かもしれないし、高校時代のときの授業かもしれない。予備校時代のときのは楽しくはなかったかもしれないが、印象に残ったことが多い人も中にはいるだろう。一口に授業と言っても捉え方は人それぞれである。一生の学友たちと過ごした大切な時間、と捉える人もいれば、ただ退屈に過ごし、苦痛でしかなかったもの、と捉える人だっていると思う。
しかしいずれにしても、授業がどうであったか、と考えるときには当然生徒側に立って考える。授業を受けるのは生徒であり、その教鞭を取るのは教師の仕事である。当然の認識だ。教師は生徒に授業を通していろいろなことを学ばせている。微分の解き方であったり、社会でのマナーであったり、はたまたその教師自身の人生観であるかもしれない。
教師が教科書通りのことを教えるのはもちろん大事である。進学する際の受験をするうえで必要であるからだ。今の世の中大学へ進学して当たり前であるし、昨今の就職難を見ればどれだけいいランクの大学に入っておいても損はないはずである。そういう点から見てもしっかりと教科書の内容を理解させる力は大切だ。
しかし教師自身が最も重んじているのはそれらではなく、上述の”その教師自身の人生観”といったいわゆる”精神論”と言いくるめていいものであるという。不良だらけの高校で、甲子園を目指す熱い青春ドラマで登場するk先生は、豊かな人間性と熱い精神論で見事に不良な選手たちを更正させた。こういったように、教え子が良い人生を歩めるようになった、と実感できたときが一番教師冥利に尽きるものだ、とおっしゃっていた先生も知っている。
つまり教師というものは、自分の半生で得た価値観を、生徒に伝えていきたがるものらしい。
しかしその“価値観”とやらが本当に正しいもので、生徒が吸収するに値するものであるかは生徒自身は確かめようがない。教壇に立ってなにやら偉そうなことを言う教師は、その教室の中では絶対神であり、彼、彼女の言ってることに間違いはないと思って授業を受けなければならないからだ。
そう、教師というのは大学で教員免許さえ取ってしまえば、特別な指導なしに偉そうに好きなことをべらべらと喋れるのを許されているのだ。
が、そんなことを危惧してか、ここに一風変わった授業を行う学校があった。巣貝高校というのがその名称である。
巣貝高校とは、埼玉県南部に位置する学校である。私立であり、高校受験では県内随一を誇る難易度で、毎年多くの優秀な生徒が入学してくる。そのため、巣貝高校は創立以来長年上位大学への進学者数は県内負けなしを誇っており、関東の高校を入れても指折りの功績を毎年修めている。そんな学校なのは教師が有能だからかといえばそうではない。生徒たちは教師がいちいち言わなくても勝手に授業の予習をしてくるし、期末テストもしっかりと勉強して赤点取るような生徒など何年も見てない。大人がとやかく言わなくても勝手にやるべきことをやってくる。そういう校風なのだ。
そんな生徒ばかりだから教師は真面目に授業をしなくてもいいし、一時間ずっと雑談にふけり、「あっ、ここの範囲自分で復習しといてね」と言ってそそくさと教室を出る教師がいるのも珍しくなかった。そんな調子でも生徒が優秀であったため上手く回っていた。
しかし、最近はそう上手くはいかなくなった。ゆとり世代の教育を受けてきたものが続々と職場に現れてきたからである。
教科書を家に忘れたりする者や、実験の準備をし忘れてその時間を自習の時間にしてしまったり、子供のような、以前では有り得ないような出来事が起こった。当然教師たちもそのゆとり育ちの教師に指導して改めさせようとするが、長年生徒任せに過ごしてきたせいか、どうやったら上手く理解させるか、勘がにぶっていた。それにゆとり育ちの教師は反抗したり、怒られていても上の空で話を聞いていなかったり、どうも社会的な常識が欠けていた。巣貝高校で採用されるため優秀ではあるが、社会に出ることなく来たのでどうにも子供っぽさが抜けていない。
そんな教師たちを見かねてか、生徒側からある提案があった。
「最近5年間で採用した教師に授業をしてもいいですか」
「巣貝高校か、変わってないなあ」青いスーツ姿の男がつぶやいた。
「五年くらい前に取材に来たきりか。懐かしいな」彼はそういって校門をくぐっていった。
彼の名前は斉藤啓一と言う。彼は大手週刊誌の雑誌記者を勤めている。ここ巣貝高校で一風変わったシステムを取り入れている、と聞いて取材にやってきたのだ。定期的に回ってくる特集で、彼の書く順番が回ってきて、いま話題になっている「生徒が教師に授業する」システムについて特集しようと思ったのだ。彼が数年前出版部から編集部に異動し、初めて記事を書くときに巣貝高校について書かせてもらった。そういった理由もあってか、巣貝高校には特別な思い入れがあった。ちなみにそのときのタイトルは「ゆとりはもう終わった!! 自主的に活動する生徒が急増中!!!」であったと思う。
そして前頁の文は啓一が昨日までに書き上げた今回の記事の前述に当たるものである。電話で巣貝高校に取材の申し込みをするとき、「こういったことを書いてくれ」とわざわざファックスで送ってきたので、それを記事になるよう修正したのがあの文というわけだ。あまりとやかく間違ったことを書かれたくないのだろ。、噂通り高貴な名門なのだとそのとき啓一思った。
啓一は校内に入り、二階にあがった。取材をさせていただく予定の日高先生に会うためだ。前回取材したときに反響がよかったため、彼は今回も心地よく取材を承諾してくれた。啓一は事務室の受付の若い女に尋ねてみた。
「失礼します。英央社の斉藤と申しますが、日高先生はいらっしゃいますか。」
「斉藤様ですね。いま呼びますので少々お待ちください」そうしてその受付の女は綺麗な声色を残して立ち上がり、日高を呼びに行った。十年前にはいなかったと思うので最近大学を卒業して雇われたのであろう。
なかなか綺麗なひとだったな、と啓一は思った。もう三十路をすぎたのに彼の周りにはなかなかそういった素敵な女性はいなかった。顔やスタイルはそこまで悪くないのだが、会社に入社してから仕事を覚えるのに精一杯で、色恋にうつつを抜かしてる余裕がなかった、というのが啓一がいま彼女のいない大きな理由だった。
そう考えてるうちにその受付の女が事務室を出て、つながっている教員室に向かおうとすると他の若い女と出くわしたらしく、なにか話しだした。
同僚かな、と啓一は思い、あの子もいいな、と少し顔を緩ませていた。さっきの受付の女と年はそんなに変わらないように見え、話ながら時折見せる笑顔はやはりまだ子供っぽさを残していた。
やはり女は年下だよなあ、と啓一は今まで付き合った女性を思い出しつつ、日高が来るまで待っていた。
しかし十分近くたっても一向に日高は来なかった。
どうしたんだ、と思い事務室の奥のほうをのぞいてみるとまだその女性たちはお喋りに興じていた。
信じられない。客を待たしてるんじゃないのか、と啓一は呆れた。
これがゆとりか・・・。ニュースで流れてる通り俺が新人のときよりひどいな、とつぶやき、どうしようかな、と思っていると職員室の方から男が出てきた。トイレに向かうつもりのようだ。よく見てみるとそいつは日高本人であった。五年前から変わらず、だらしなく腹が出ている典型的な中年男だ。
するとあっちも啓一に気づいたようでお腹を大きく揺らしながらこっちに走ってきた。
「どうもお久しぶりです。前回はおかげさまで・・・はあはあ」
どうやら日高は十数メートル走り寄っただけで息が切れたらしい。相当の肥満であることがうかがえる。よく見ると五年前より二周りほど太ったように思えた。
「ご無沙汰しております。今日もお世話になります。ところで・・・」そういって啓一は事務室の奥の女を見ながら呼びに行く約束をすっぽかされたことを伝えた。
すると日高は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「申し訳ありません。失礼なことを致しました。どうも彼女はまだ社会人としての自覚がたりないみたいで」
「いえいえ気にしなくていいですよ」
「本当にご無礼を致しました。彼女にも謝らせます」そういって日高は事務室のほうに向かっていった。事務室の奥ではまだお喋りが続いていたが、日高が割って入り、なにか言ってるようだが、女は聞く耳を持たない、といった風にして日高が話し終わったらなにか言い返していた。日高は相当困っているように見えた。どうやら若い者を叱るのは苦手らしい。一緒に話していた女はしれっとした顔で日高をにらんでいた。
そうしているとやり取りが終わったのか日高は事務室を出てこちらにやってきた。女は一緒ではなかった。
「すいませんなんか仕事の打ち合わせをしてたとかなんかって言ってて・・・。彼女他の仕事があるっていってどっか行ってしまいました。本当にすいません」
「いやそんな気にしなくていいですよ。はは」そういったが啓一は内心いらいらしていた。
「本当に失礼致しました。では応接室の方へどうぞ」そういって日高は五畳ほどの個室へ案内した。そこには二人が優に座れるほどの大きさのソファが二つとテーブルが一つあった。どうやら今日はここで取材をさせてくれるらしい。前回は教室で取材したことを考えると、今回はそれなりに歓迎してくれてるのだろうか。そんなふうに考えていると日高がお茶を持ってきて、それを置くと、どしっと座り、大きな口を開けてしゃべりだした。この距離だと加齢臭が十分に臭ってきて不快に感じた。
「何年前でしたか、英央社さんで雑誌に書いていただいたときには反響がすごくて助かりましたよ。当時は入学希望者もだいぶ増えましてね」そういう日高は本当に嬉しそうであった。そのとき特別ボーナスでももらったのだろう、と啓一は思った。
「いえいえこちらこそまた天下の巣貝高校さんを取材させていただいて光栄です。小耳にはさんだところによると他社の取材は一切断りになっていらっしゃるとか」
「そうなんですよ。ここの理事長はちょっと固くて、マスコミですとかそういった方面は嫌いなんですね。英央社さんは前回のご恩がありましたので許しをいただきました」
「えっ、では前回はなんでよかったのでしょうか」すると日高は自慢げな顔をしながら答えた。
「いやあ、前回は私の独断でして、貴社の雑誌ならばそれなりの成果を期待できると踏んだので。だめでしたら一発でこうでしたよ」そう言いながら日高は笑いながら首元を手で切る動きをした。
そうだ、こいつはこういういい加減なやつだった、と啓一は思った。前回の取材のときは取材日を二回もキャンセルしてきたり、取材し終わっても記事の内容についてもあれこれ注文をつけてきて合わせていたら、完全にスケジュールをめちゃくちゃにされたのだった。
それに今日もなんだ。四時には学校の玄関に迎えに上がるという話しではなかったのか? 俺はさっきまで忘れてたから直接上へ上がったが、あいつがもっとはやく迎えに来るもんだったろう。あの調子だったら今日の取材は忘れていたのだろう。あぁ腹立たしい。そう啓一が考えているのとは対照的に彼は笑顔のままだった。
「ところで今日の取材の件なんですが、前回は巣貝高校さんの生徒さんについて書かせていただきましたが、今回は新しく巣貝高校さんが独自に取り入れたシステムについて特集させていただきたいのですが」
「あぁはい、逆転授業のことですね」
「逆転授業・・・?」
「はい。私どもではそう呼んでます。本来の学校の授業が終わったあと一時間その日の若い先生の授業に対する不満とかを生徒が言っていくんです。最近の若い先生は抜けてるところが多いのですが、そのぶんうちの生徒は優秀なのが多いので、いろんなことに気づくので助かっているんですよ。私どもが叱らなくても済むのもいいですね。最近の若い者は叱ってもすぐ反抗するのでね」
そうして日高は大きな声で笑った。
「でもその若い先生は生徒に文句をどんどん言われるわけでしょう? 立場とかを考えるとまずくないですか」啓介がそういうと日高はまた大きな声で笑った。
「いいんですよ。今の若いやつはそれぐらい恥をかかせなきゃわかんないんですよ」どうやら日高は若い新人教師たちのだらしなさをだいぶ嫌っているらしい。
「そうですか。ではその逆転授業は生徒たち自身が自ら提案してきたということですが」
「ええ、はい。ほんとに自主的にいろんなことを考える生徒で鼻が高いんですよ。ええっと、生徒会が中心だったのかな、はい、ちょっと忘れてしまいましたけど。とにかく若い先生たちの授業が低レベルすぎるので反省会のようなものを開きたいという要望だったんですよ」
「なるほど。五年前と変わらず有能な生徒さんたちですね」そう啓一が言うと、お茶を飲もうとしていた日高の手が揺れて、お茶が少しこぼれた。
「あぁ、すいません」そう言って彼はポケットからハンカチを取り出しこぼれたお茶をふき取った。
「いえ、おかまいなく」そう言ったが啓一は怪しんでいた。いま動揺したのか? そう思っていると廊下からチャイムの音が聞こえた。応接室の時計を見ると針は四時半をさしていた。啓一が不審がっていると日高は言った。
「これは部活開始の合図のチャイムなんですよ。もっとも、やる気のある部はさっさと始めているんでこれは形式でしかないですね」日高はそう言い、またお茶をすすった。
「そうなんですか。ところでその授業はいまやっていますか?」
「逆転授業ですよ。 ええ、授業が終わって少ししたら、その日予定のない生徒が‘自主的’的に一時間ほど行っているのでまだやっていますね」
どうやら記事に、自主的に活動する校風は健在であることを大きく書いてほしいらしい。
「そうですか。よろしければ見学させていただきたいのですが」
「ええ、けっこうですよ。でも生徒たちが気が散ると思うので外からのぞくかたちということで・・・」
えっ、と啓一は驚いた。
「教室の中に入って聞いちゃだめなんですか?」
「いやあ、それはちょっと。内容までお書きになられて他の学校に真似されても困りますし・・・」そういって日高は愛想笑いを浮かべた。
まじかよ、と啓一は心の中でつぶやいた。その逆転授業とやらを特集するのだから内容を書かなきゃ記事にならないだろう。わざわざ取材させてくれるんだから、当然どんなことしてるのかというのも取材させてくれるとばかりに思っていた。
「それでは仕方ないですね。まあ見るだけ見してください」
「本当に申し訳ありません。ではついてきてください」
そういって立ち上がり、二人は応接室を後にした。
教室では教師と思われる者が三人座っていた。男性が一人、女性が二人である。なにやらやる気がなさそうな表情だ。それと向かい合うように教卓の後ろでは、制服を着た生徒たちが立ってなにやら口を動かしていた。男の子と女の子二人ずつで四人である。彼、彼女たちはなにやらノートのようなもの見て話しているようだ。
啓一たちはその様子を教室のドアについている小さな窓から眺めていた。教室の中に入らない約束なので、中の様子をのぞくにはこの窓と呼べれるかもわからないところから覗くしかなかった。
「あの子たちはなにを見ながら話しているんですか?」啓一がそう聞くと日高はあわてたように答えた。
「ああ、あれは、えぇっと、ううん何を言うかノートにまとめたんじゃないかな。よくわかんないですけど」
「そうですか」
「自主的にいろんなことやるからあんまり把握できないことのが多いよこの学校は」そういって日高は笑った。啓一は愛想笑いを浮かべることもなく、ずっと教室の中を覗き、無言を貫いていた。
すでに啓一にはある考えが浮かんでいた。しかしその考えが合っているとなると、いろいろ困ることが増えるとも思っていた。
日高はその後、数十分べらべらと、記事に書いて欲しいのであろう、巣貝高校の良いところを止まることなく喋っていた。それでも啓一は考えることを止めることなく、適当に相槌を打っていた。
そうこうしているうちに五時を知らせるチャイムが鳴った。授業も終わったらしく、続々と教室にいる教師や生徒たちが出てきた。啓一たちも教室を後にし、再び応接室に戻った。
「どうですか、いい記事は書けそうですかな?」戻って座ると日高が笑顔で聞いてきた。今回も反響がよく、運良く入学希望者が増えるとなると、彼の理事会での評価はまた上がるのだろう。そう考えながら啓一は愛想笑いを浮かべ答えた。
「そうですね、面白そうなネタが巣貝高校さんにはたくさんあるんで助かりました。きっと読者が食い入って読むような記事が出来上がりますよ」
「それはそれは。お役に立ててこちらも嬉しいです。今回英央社さんの雑誌に載るのは理事会の皆さんにはお知らせ致しましたし、楽しみにしているんですよ。 あと、これは私からほんの気持ちです」そういって日高は白い封筒を渡してきた。受け取り、見てみるとそこには‘金封’と書いてあった。
そうして彼は気色悪い笑顔を広げながら言った。
「どうかお願いしますよ」
つくづくこの男が嫌になった。
すでに啓一は校門を出て走っていた。三十メートルほど前にはふたつの影があった。どうにか走って追いつくと、二人が振り向いた。男の子と女の子一人ずつだ。さきほど教室にいた生徒たちである。二人は啓一が追いついてしばらく息を整えてる間も無言であった。息を整え終わると啓一は言った。
「君たちはカップルかい?」
それを聞くと二人はお互いを見合せた。そして男の子が頬を緩ませながら答えた。
「全然ちがいますよ。学校が終わって帰り道が同じだから一緒に帰っていただけです」そうして彼は、ねえ、と隣の女の子に確認を取るように聞いていた。彼女も笑いながらうなずいていた。
「そうかそうか、ごめんな」啓一がそう言うと二人は笑顔だった。最初に駆け寄ったときに抱いた警戒心は解いてもらったらしい。そして啓介は続けた。
「さっき逆転授業、やってたよね。いくつか質問してもいい?」
「いいですけど、たいして面白いことは言えませんよ」男の子が答えた。女の子はだまったままだ。
「全然かまわないよ。でさ、ほんとはあの授業はだれが考案したの?」
「ええっと、まああんまり言いたくないんですけど・・・」
そう言って彼が話してくれたのはこうだ。学校では逆転授業はさっきの生徒たちを入れた男女八人で構成した‘逆転授業運営委員会’なるものが提案し、実行されていることとなっているが、本当は日高を中心とした中年の教師数人らが考え出したものであるらしい。そいつらが目をつけた生徒に内申や成績のアップをちらつかせて、やらせていたという。ちなみに彼は停学処分の隠蔽、彼女は志望校の指定校推薦を約束されたらしい。啓一が考えてた通りであった。やはりこれは生徒自身が自主的に考えた出したものではなかった。
「なるほど。じゃあどんなことを若い先生に言っていたの?」
「下らないことですよ。若い先生は早く来て職員室の窓を開けて換気しなさいとか、露出度の高い服で職場に来るなとか。自分で言うのがめんどくさいから僕らに押し付けて言わすんですよ」そういって彼はため息をついた。どうやらあのノートにはそういった若い先生たちへの愚痴に近い注意が書いてあって生徒たちを通して伝えていたらしい。
「そうなのか。でもなんでわざわざそんなことまでして自分で言わないのかな。自分で言ったほうが早いだろう」啓一が言うと男の子は答えた。
「みんな怒ったあとに嫌な顔されるのが嫌なんじゃないですか。怒るのって疲れるし、お互い嫌な気持ちになりなすしね」
そう彼の話しを聞いても啓介は納得できなかった。本当にそうなのか? 他の理由があるんじゃないか、と合点がいかなかったのである。しかし二人は用事があるらしくこれ以上話しは聞けなかった。いま授業で使ったノートを持っているということなので、お願いして、近くに見かけたコンビニでコピーしてもらい、そこで二人とは別れた。女の子は終始無言だった。
一人で駅に向かう途中、啓一はずっとさっきの男の子の話しを考えていた。
怒るのが嫌だからあんなことをさせていたのか? なにかもっと大きな理由があるはずだ・・・。そう考えていると、カランっとなにか蹴っていた。コーヒーの空き缶のようだ。十メートルほど前には、駐車場で高校生数人がゴミを散らかしながら地べたに座り込み、べちゃくちゃしゃべっていた。この空き缶はどうやら彼らが捨てたもののようだ。
注意しようと思い、「おいっ・・・」と声を出すが続きが出てこなかった。
「なるほどな」
そうつぶやき、啓一はその場を去っていった。後ろでは若者の騒がしい喧騒がいつまでも響いていた。
通勤ラッシュの時間であるため、駅構内にある売店の前には途切れることなくたくさんのサラリーマンが通り過ぎて行った。一人、また一人と通り過ぎるなか、ある一人のスーツ姿の男が足を止め、売店の雑誌売り場から、一冊ある雑誌を購入し、足早に去っていった。その雑誌には大きくこう書かれていた。
「ゆとりのせいじゃない!! いま怒れない上司が急増中!!!」
はじめて書きました。批判や意見どしどし受け付けていますので、どんどん感想ください。