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私の愛する人

平面的記号に恋だって出来るんだから、ちょっとくらい人と違っても別に構わないはず

 大学で出会った友人で、家がけっこうな金持ちな奴がいる。ボンボンというのは総じてイメージが悪いものだが、そいつは決して捻くれた野郎ではなく、むしろ人から好かれるような性格をした男だった。容姿は御世辞にも良いとは言えなかったが、あいつの柔らかな物腰と、快活な笑顔は女を引き寄せるだけの魅力はあったように思う。実際、俺が思ってるよりもあいつは経験があったし、女のあつかいも上手かった。それにちょっとは嫉妬したり僻んだりしたものだが、あいつはそれを怒ったりせずに、笑って許してくれた。良い奴、という表現がしっくりくるような人間だ。就職活動を機になかなか会わなくなり、結局就職してからはまったく会っていない。

 この間、そいつの噂を聞いた。会社帰り、一杯だけ飲んで帰ろうと思い立ち飲み屋に入ったら、俺の大学時代の先輩がいたのだ。懐かしさもあって結構長い時間そこに留まることになったのだが、先輩がふとポツリとつぶやいた。

「あいつ……元気にしてるかなあ」

「あいつ?」

「ああ、あのボンボンのだよ」

「あーっ、そういや話を聞かないですね……」

 先輩は熱燗をちびちび飲みながら、遠い目をした。

「俺が聞いた話だと、あいつ就職せずに家に引きこもってるらしい」

「えっ! あいつがですか? なんだか信じられませんね……」

 ほかほかしたおでんの大根を箸でほぐしつつ、俺は引きこもりになったあいつのことを想像しようとした。しかし、あいつが引きこもりになるなんて、どうしても納得がいかない。ぬるくなった日本酒をのどに流し、携帯のアドレス帳にあるあいつの電話番号を眺めた。

「あのー、その……なんだ。お前はあいつと仲良くしてたし、なんとか出来ないかな」

「俺に何が出来るかわかりませんが、会いに行くぐらいはしてみようと思いますよ」

 そうか、と安心したような表情を先輩は見せた。俺があいつの引きこもりを治せるとでも思ってるのだろうか、そんな期待をかけられても。

 翌日、ちょっとだけ気恥ずかしさを感じつつあいつに電話してみた。出ないかもしれない、と思っていたが意外とすぐに出た。

「もしもし?」

「お、あのー……元気してたか」

「ああ、なんだよいきなり。携帯にお前の名前で着信来るもんだからビックリしたぞ」

「いやさ、最近どうしてっかなーって」

「ん? 特に何もないけど……」

「そ、そうかあ。なんか久しぶりだしさあ、今度会わね?」

「会うって、どこで?」

「あー久しぶりにお前ん家とか? ああでもおばさんおじさんの邪魔になっちまうかな」

「いいよ。っていうか俺一人暮らししてるから! 後でメールで住所教えるから来てみなよ」

「えっ!」

 思わず声を上げてしまった。引きこもりといっても、一人暮らしをしているのか。てっきり実家で引きこもっているものだと思っていたから、驚いてしまった。

「なんだよ! 一人暮らしぐらい誰だってするだろ!」

「ああスマンスマン……」

「今度の土曜日、夕方ぐらいから来てよ。酒とか持ってきてくれりゃ俺つまみ用意しておくから」

「わかった。なんか適当に見繕うよ」

 電話を切る。同時に、妙な安心感が生まれた。なんだ、あいつ普通に話せるじゃないか。引きこもりしてるとは思えないくらい明るい調子だったし、何か問題がありそうな感じはなかった。先輩からの話とはいえ、所詮噂だったのだろうと思い、俺は近くの酒店に寄ることにした。

 土曜日、あいつに教えてもらった住所をたよりに尋ねてみると、結構豪勢な高層マンションがあった。親の金で住んでるのだろうかと訝しみながら、エントランスにあるマンション用インターフォンで来たことを告げると、オートロックが解除され、指紋認証を行わうよう合成音声のアナウンスがされた。客人であろうと指紋による個人情報取得とは、しっかりとしたセキュリティだなあと思いつつ人差し指をセンサーに置いた。そうしてやっとあいつの部屋番号が記載されたドアの前まで来ると、カチリと金属音がして自動でドアが開いた。

「おーい、入ってこいよー」

 あいつの元気な声が聞こえ、ちょっとだけ気を引き締めながら部屋に入った。

「うっす、久しぶり」

「んー久しぶりだなあ」

 部屋の中は、綺麗だった。引きこもりならゴミだらけでそこらへんに食べたモンが放置してあって……なんて想像をしていたから、少し拍子抜けしてしまった。持ってきた日本酒を渡すと、それを片手で受け取りながらあいつが聞いた。

「何年振りだっけ?」

「就職してからなら……4、5年くらいかな」

 そういえば、こいつは仕事何をしているんだろうと思いつつ答えた。

「そうかあ、結構年食ったな」

「お前もだろ」

「ははは! そうだな!」

 こういう奴だったな。相変わらず良い奴だ。テーブルの前に案内され、俺はそこに腰を下ろした。金のかかってそうな派手なモノは置いてないが、大画面のテレビとスピーカーとアンティークは、素人目にはわからないぐらいの金がかかってるのだろうと予測させた。昔から洒落っ気の利いたものを買っていたなと思い出を巡らせていると、あいつが酒と旨そうなつまみを持ってきた。

「おっ! いいな、旨そうだぞ」

「暇な時に酒に合うつまみとか調べてるんだ。一人飲みすること多いし」

「……お前、仕事何してんの?」

 猪口に酒を注ぐのを横目で見つつ、核心に触れるような質問をいきなりした。うだうだ遠回りをするよりかは、こっちの方がいいだろう。

「え? デイトレードだけど?」

「へ」

 意外な答えだった。

「いやあ、もともと趣味でやってたんだけど、運よく大勝ちしてさ。仕事に就くまでもないくらいには金があるんだ」

「なんかやらしい言い方だなあ、うらやましいぜ」

「まあまあ。時々おごるよ」

 なるほど、引きこもりと噂されていたのはこれか。確かに、ある意味引きこもりだ。この部屋にはないがPCがどこかの部屋にあり、それを使ってデイトレードを行っているわけだ。俺は経験がないが、本腰を入れてやる人間には一日中PC前から離れないような生活をしている者もいるらしい。合点がいった俺は注がれた酒をぐいと飲み、

「でも、外に出なきゃ腐っちまうぜ。お前は最近外出ないのか?」

「うーん、外に出る必要がないかな。どうせ必要なものはネット通販で買えるし」

「いやいや……女のコとの出会いとかさあ……」

「それも必要ないな」

「? なんで?」

 俺が不思議そうな顔をしていると、あいつは得意げに隣の部屋に行ってしまった。つまみを頬張りつつ待っていると、あいつが可愛らしい女性を連れて戻ってきた。

「え!? 同棲してるのか!」

「おいおい、よく見てくれよ」

 手招きをするので、女性に失礼だと思いつつも間近で見てみた。すると、首元にバーコード印があることに気付いた。そうか、これはアンドロイドってやつだ。精巧に作られているので、まったく気付かなかった。よく見てみると表情は微笑みを浮かべているが、なんだか誰も見ていないような虚ろな目がそこにあったので、俺は寒気を感じた。

「すごいだろ?」

 あいつが恍惚とした表情で言う。

「けっこうな金を出して、作らせたんだ。外見もそうだけど、中身もオーダーメイドなんだ。性格って大体パターンで決められるんだけど、それも俺が口出しして、まったくオリジナルの性格を作ってもらったんだよ。俺の至高の女性さ、こいつは」

 そう言って、あいつはそのアンドロイドを愛おしそうに撫でた。なんだこいつ? 頭がおかしくなったのか?

「至高の女性って言っても、アンドロイドだろ?」

「うん。でも現実の女より何百倍もマシだよ。あいつらってさ、自分を着飾ることにしか興味がなくて、ブランドに縛られた豚って感じ。それが嫌で嫌で仕方なくてさあ」

 あいつの口から出てるとは思えないセリフだった。

「女遊びなんて、している奴の気がしれないよ。あんなめんどくさいのに。あいつらと違ってこいつは俺の思った通りに動いてくれるし、反応してくれる。素敵だよ」

「いや、別に現実の女全部が駄目ってわけじゃ……」

「そんなことわかってるよ。でも、自分の理想の女性が手に入るってわかったなら、それが純粋な人間でなくとも、欲しくならない? そうした方が、俺は愛することの美しさを感じられるよ」

 純粋な人間。だとすれば、このアンドロイドはなんだ。不完全な人間なのか。こいつが、中身を探ればきっとネジと歯車が敷き詰められているはずの人形が人間になるのか?

「異常か?」

「い、いや……」

「まあ、わかるよ。でもさ、こういう人間は社会に適合できないんじゃないんだ。適合しない方を選んだってことをわかってほしいよ。俺、この領域から出たくないんだ」

 湿った空気を振り払うように、俺は酒を飲み干した。

 あいつの言葉を何度も反芻した。俺は常識に囚われ過ぎているのか? 愛なんてものを語る人間じゃないが、もしかしたらあいつの言ってることは本当なのかもしれない。現実のことを考えれば、面倒なことばかりだ。しかし、ああやって自分の世界だけで終結する空間を作れるなら、俺はどうなるのだろう。あいつと同じようにアンドロイドを抱いて、高いところから現実を見下ろして、それは果たして幸せなのか……

 帰り道、街中を歩くカップルを眺めた。男は照れながらも嬉しそうに、女は臆面もなく幸せそうに、腕を絡めながら歩いている。

「これが、幸せってものじゃないか?」

 そう呟いてマンションのあいつの部屋のあたりを見上げると、夜中でありながら、部屋の明かりは消されていた。幸せってなんなんだよ。


ロボットでもいいから可愛い彼女が欲しい

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