エロイカよりAIをこめて
魔の森なんてロクでもない場所だ。
魔物はいるし瘴気に侵されているし、おまけに他の人間が住むエリアと隔絶しているから不便極まりない。
まともな人間が住むところではないのだ。
エロイカという変人を除いては。
エロイカは魔道士だから、魔物や瘴気に対処することはできる。
各種魔道具を駆使して自給自足することも可能だ。
かといって魔境が住みやすいかと言えば別問題だが。
ただエロイカが魔の森に居を構えるのにはもちろん理由があった。
さて、エロイカは一つ、変わった魔道具を持っていた。
『メリー』と呼ばれているその魔道具は、エロイカと会話することができるのだ。
今日もエロイカはメリーに話しかけている。
――――――――――
「おはよう、メリー。『特別な』朝だな」
『ナニガトクベツデスカ。ドウシテキョウチョウシタノデスカ』
「**特別な**朝だな」
『マタ……モウイイデス』
「メリーは第一三話からずっとつれない気がする」
『ナンデスカ、ジュウサンワッテ』
「ハハッ、いつものことじゃないか。このままの雰囲気で進めていいですか?」
この傍から見ると違和感のある会話は、エロイカとメリーにとっては本当に普通だったのだ。
悲しくも切ない、いつか壊れることを予感させるガラス細工のような日常と言い換えてもいい。
「頼めるか?」
『エッ、ナニヲデス?』
「それでいい」
『ハア?』
「わかった」
『ダカラエロイカ……』
「助かる」
『トツゼンタンブンモードニキリカワルノ、ヤメテモラエマセンカネ?』
エロイカとメリーは、完全に意思の疎通ができているわけではなかった。
エロイカもまた、自分の話したいことを必ずしも伝えられなかったので。
でも構わなかった。
エロイカにとって、受け答えしてくれるメリーがいるということこそ、心の平穏材料だったから。
「もう夜か」
『マダアサデスヨ』
「オレも三五歳。メリーと暮らし始めて一四〇〇年ほどになるな」
『ムジュンシテマスヨネ? ニンゲンノジュミョウヲハルカニコエテマスヨネ?』
「僕も歳を取ったものだ」
『イチニンショウガヘンカシテイマスヨ』
「右手の甲に浮かぶ静脈を左手の指でそっと触れてみたんだ」
『ダカラナンナノ。ソノカジョウビョウシャハ』
「ところで婆さん、朝御飯はまだかな?」
『エッ? コレハボケナノカ、エーアイビョウナノカワカラナインデスケド?』
最後のは珍しく素で喋れた。
こんなのに限ってと、エロイカが思わず苦笑する。
ただのジョークのつもりだった。
AI病が発見されてから三〇年近くになる。
AI病――――正式名称:不自然的偽知能症候群――――は、発病初期に言語中枢を侵し、言葉の選択や言い回しに特徴的な変化が現れることで知られている。
かつては罹患者のほぼ一〇〇%が死に至り、また感染率も高かった恐るべき病だった。
人類は滅亡に瀕した。
しかし人類はAI病に打ち勝った。
特効薬が、次いで予防薬が発明され、AI病は急速に姿を消しつつある。
魔道士エロイカとその恋人メリーもまたAI病に感染した。
エロイカは言語中枢の一部が破壊されたものの、命は助かった。
残念ながらメリーは治療が間に合わず、命を落とした。
メリーは死の間際に言った。
AI病特有の感情のない言葉で『**さようなら**』と。
しかしエロイカはメリーの心情を正確に理解していた。
あの『**さようなら**』には愛情と無念と恐怖と不安と、そしてエロイカへの信頼が詰まっているじゃないかと。
エロイカはメリーを失うなんて耐えられなかった。
エロイカはエロイカのすべきことをした。
死にゆく恋人メリーの魂を捕獲し、魔道具に封入することに成功したのだ。
魔道具はメリーの思いを言語化することができたから、二人は再び会話が可能になった。
エロイカが魔の森などという僻地に住むのも、彼の地の高い魔素濃度が魂の魔道具の機能維持に都合がよかったから。
優れた魔導士エロイカにして予想外の知見もあった。
魂になったメリーは、AI病特有のどこかに人間味を置き忘れた物言いとは無縁になったということだ。
メリーは死して自分の言葉を取り戻した。
一方でエロイカの壊れた言語中枢は元に戻らなかった。
何でもないやり取りが珍妙な掛け合いになるほどだけれど、メリーの魂はそれを優しく許容した。
激減した人類にとって、人口増加が至上命題のようなものであることは疑いない。
生き残ったエロイカもまた『産めよ殖やせよ』のスローガンに則り、人口増加に貢献すべきだった。
しかしエロイカは世の流れに背を向け、魔の森で一人住んでいる。
己の伴侶は愛するメリーだけと決めていたから。
魔道具の中にメリーの魂がいる。
エロイカは一人ではあったが独りではなかった。
それで十分だったのだ。
「エロイカのエロい力は不可能を可能にした」
『エロイカノエロイチカラッテ、ムカシモイッテマシタネ。エーアイビョウカンケイナクナイデスカ?』
「エリーに『アイシテル』の三文字を捧げよう」
『マイニチササゲテクレマスネ。デモワタシノナマエはメリーデス。『アイシテル』ハゴモジデス』
「エリーに『アイシテル』の三文字を捧げよう」
『アア、クリカエシノショウジョウデスネ? ヨクアルヨクアル。……デモアリガトウ、エロイカ』
エロイカは頷く。
正しい愛の言葉さえ紡げない自分を歯痒く思った。
しかしメリーは存在しているのだ。
たとえ魂だけになっても。
エロイカにはそのことが嬉しかった。
絶望と不毛と諦念の中で、その日常は確かにささやかな幸せであったのだ。
先日投稿したエッセイの感想欄で、高瀬あずみさんに『AI小説にしか見えないのを書いてみたら面白いのでは?』という御意見をいただきました。
AI小説にしか見えないのは書けませんでしたけど、こんなんはいかがでしょう?
AIとは Artificial Intelligence の略だそうで。
Artificial とは『人工の、人造の』という意味なのですけれども、これを『不自然な』と解釈すると、わあピッタリということに気付きました。
しかし本作のタイトルの元ネタである青池保子先生の『エロイカより愛をこめて』を、自分実は読んだことがありませんで。
名作だとは聞いておりますが……。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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