はじまりの滑走路
1996年、二十一歳。
その年の春の匂いが、今でもどこか記憶の底に残っている。
中国・河南省開封へ、約一年間の留学に向かう日。
それは、これまで生きてきた時間と、これから踏み出す時間が、静かに交わる境目のような朝だった。
成田空港の出発ロビーは、人の流れとアナウンスの声に満ちていた。
けれど、その喧騒はどこか遠くに感じられ、自分だけが透明な膜の中にいるような、不思議な静けさがあった。
胸の奥では、期待と不安が入り混じっていた。
未知の生活への高揚感と、言葉も文化も異なる場所へ一人で向かうことへの、言いようのない緊張。
その二つが、波のように交互に押し寄せてくる。
見送りに来てくれたのは、母と親友だった。
母は、いつもと変わらない穏やかな表情でそこに立っていた。
だが、視線を重ねた瞬間、その奥にかすかな揺らぎがあることに気づいた。
言葉にしないまま押し込めた寂しさが、静かに滲んでいる。
親友は、何度も同じ言葉を繰り返していた。
「お前なら大丈夫だ」
その言葉は、励ましというより、自分自身にも言い聞かせるための確認のようでもあった。
少しだけ照れたような笑みの奥に、不器用な優しさが見えた。
「体に気をつけなさい」
母がそう言った。
短い言葉だった。
けれど、その一言は、他のどんな言葉よりも重く、深く心に沈んでいった。
やがて搭乗口へ向かう時間が来る。
何気なく交わしていた会話の一つ一つが、急に特別な意味を帯び始める。
ありふれたやり取りでさえ、今この瞬間を最後にしてしまうのではないかという感覚が、静かに胸を締めつけた。
振り返ると、二人の姿が少しずつ遠ざかっていく。
その距離が広がるほどに、何かが確かに切り替わっていくのを感じた。
私は軽く手を振り、意識的に前を向いた。
立ち止まれば、戻れなくなる気がしたからだ。
飛行機は滑走路を走り出し、速度を増し、やがてふっと地面から離れた。
窓の外には、日本の風景が静かに後ろへと流れていく。
見慣れた街並みが、少しずつ輪郭を失い、雲の上へと抜けた瞬間、世界は一面の白に包まれた。
その白さは、まるでこれから始まる時間を何も書かれていない頁のように思わせた。
成田から北京まで、およそ二時間。
けれどその時間は、単なる移動ではなかった。
過去の自分と、これから出会う自分とを結ぶ、静かで確かな境界線のように感じられた。
北京の空港に降り立ったとき、空気が変わるのを肌で感じた。
言葉の響き、行き交う人々の表情、耳に届く雑多な音。
すべてが異なっているはずなのに、その違いは不思議と拒絶ではなく、むしろ新しい場所に足を踏み入れた実感として、静かに胸に広がっていく。
十八歳のとき、書芸交流で訪れた北京。その記憶が、ふと重なる。
短い滞在であったにもかかわらず、あのとき感じた異国の空気は、確かに自分の中に残っていた。
そして今、再びこの地に立っている。
ここから先は、まだ誰にも知られていない時間だ。
どこへ向かい、何に出会い、どのように変わっていくのか、自分自身にもわからない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
この一歩を、確かに自分の意思で踏み出したということ。
だからこそ――
これから始まる日々を、焦らず、逃げず、確かめるように進んでいこうと、静かに心に刻んだ。




