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まじかよ



 「あなた、清水くんと仲がいいのね」

 「はい?」


 神谷にそう言ってきたのは養護教諭だ。

 ベットを使おうと、保健室に寄ったところ見つかった養護教諭は神谷に話しかけたのだ。清水は居ない。前に彼が座っていた椅子をぼんやり眺めていると、「ああ、今日は授業に出ているわ」と付け足すように言われた。


 「学年レクの時一緒に話してたでしょう。ほら、木陰の方で」

 「え、まあ。そうっすけど」

 「よかったわ。友達ができて。いつも一人でいるから」

 「はあ」

 「時間があればだけど、あの子と話してあげて頂戴。いつも保健室にいるから。サボりも少しは見逃してあげるわ」

 「まじっすか」

 「今出来ることって必要だもの。あまり大きい声で言うものじゃないけど」


 養護教諭は茶目っ気のある声で言った。出た、大人の事情とやらだ、と神谷は思う。買い食いを叱る主任も、時々言うのだ。本当は叱りたくないからお前達も見つからないようにしろ、と。神谷は面倒なのでフーン、と聞き流すのだが。


 「そういや、アイツなんで保健室よく来るんすか。病気?」

 「ああ…。そうね。皮膚や身体が弱いとは届出が出ているけれど。実際あまり詳しくないの。」

 「へー。知らないことあるんだ」

 「あの子が話してないなら、私は話さないわ。直接聞いてね」

 「ケチ」

 「ケチで結構」

 養護教諭はおくびにも出さない。時計を見ると、手元のプリントをまとめて、「私はこれから職員会議があるから。」と出て行ってしまった。

 

 暇つぶしにいつか清水が読んでいただろう本を探す。興味の無かったためぼんやりとしたものしか覚えていない。それでも保健室には本が10数冊程しかないため、その内のどれかだろう。と、適当に探すと、記憶の中と同じくらい古ぼけた本を見つけた。それは人体の構造とかいうシンプルな題名で、中には理科室に置いてある人体模型みたいな絵が描かれている。その横には解説やらがびっしりと書かれていて、そりゃ面白くないわけだ。しかし解説が付された図は、ぼんやりと眺める分には退屈しのぎになった。


 「っわ」

 突然ガラリと開いた。思いの外集中していたようだ。声が出た。

 入口には清水がいた。

 「なんでお前が居るんだ」

 清水も神谷が居ることに驚いたようで、長いまつ毛に縁取られた瞳を大きく見開いていた。


 「留守番頼まれた。」

 神谷は心外という顔で視線をテーブルの上に移す。

 そこには「保健室」と書かれたタグの着いた鍵が置いてある。

 「今日は水曜だったか」

 そして清水はカレンダーを見て、「会議の日だ」と納得したようだった。


 ズカズカとカバンを見つけて帰る支度をする清水は、勝手知ったる、という風だ。その姿に先程養護教諭にぶつけた疑問がふつふつとよぎる。


 「そういやさ、」

 「?」

 「お前ってなんであんま教室来んの?」

 ピタリと止まった。「…先生からなんか聞いた?」と。少し沈んだ調子で返された。


 「んや。あーでも、身体とか肌弱いからあんま外出れんくらいとか聞いた」

 「そう。」

 

 「実際さ、どんくらいやばいん?日焼け止め塗っても駄目な感じ?俺あまりそういうの詳しくないから知らねーけど」

 「…日焼け止めでも駄目だ」

 「しんどくね?それ」

 率直に言った。

 「……俺が、なんて噂されてるか知ってるか?」

 話を逸らされた、と思った。清水が吸血鬼だ、という噂は時々流れる。でもあれは話半分のもので、当の本人が知っているとは今の今まで分からなかったが。


 「え、いや、まぁ…」

 「あれ、本当だと思うか?」

 「は?吸血鬼かどうかって?」

 信じている人などほぼ居ない。尾ひれが着いて広がったものだ。第一に、吸血鬼などいるわけが無い。神谷は幽霊の類いは信じて居ないし、吸血鬼などその代表例だ。見かけると言ったって、ハロウィンの仮装くらい。


 「じゃあ、見てみるか?」

 「見てみるつったって、どうやって…」

 「鏡」

 「は?」

 「あるだろ。ここのトイレに」

 「あっ、マジ?俺知らんかった」

 「そこに俺が写ってるか、確かめて欲しい」

 「確かめて欲しいって…」

 そんなん誰でも映るに決まってるだろ、とは言えなかった。清水があまりにも真剣な顔だったからだ。


 清水が言った通り、備え付けのトイレに鏡はあった。

 「じゃあ、いくぞ。せーの」

 鏡の前に踏み出す。神谷の姿が映る。いつも通り、焦げ茶の髪を刈り上げて、少し日焼けした自分の姿が写った。しかし肝心の清水の姿が見えない。


 「おい、お前しり込みしてんな、よ…」

 横を見ると確かに清水は映るだろう位置にいた。しかしいつまで経っても鏡の中に清水は現れない。

 「っえ?」

 咄嗟に目の前の手を掴む。掴めた。そのため清水を近くに抱き寄せるような体勢になってしまったが、それどころでは無い。映らないのだ。本当に。実際の清水は神谷の胸の中に収まっているが、鏡には神谷1人だけしかいない。その腕の中は空っぽだ。


 指先が少し冷えている。が、きちんと実体はある。あまりにも不可解な状況に陥ると、人は声を出せなくなるらしい。身をもって知った。神谷は固まって動けなくなってしまった。

 「…ほらな」

 神谷の少し下から細い声が聞こえた。

 全てを諦めたような声音だった。

 


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