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馴れ初め



 神谷が再び「吸血鬼」と遭遇したのは学級レクの時だった。ある晴れ渡った空の日である。


 その日はサッカーをすることになっていた。クラスの中からメンバーを男女混合で選出し、3つグループを作る。神谷は女子多めの、いわゆるエンジョイグループに所属することになった。


 「ごめん!変なとこ行った!」

 「キャー!」

 「大丈夫取れる!」

 「えどしよ分かんない」

 「パス!」

 「ハイ!」

 「キャー!」

 「そのまま撃って!」

 「わー!!」

 「ウッシ、1点!」


 当日。試合が始まっても、未経験者の多い神谷のチームは悲鳴と混乱に包まれていた。試合はグダグダ。というか、負けた。けれどみんな笑っていた。笑いすぎて、彼ら彼女らは自分の試合の勝敗や点数が分からないほどだった。


 「えめっちゃ盛り上がったくね?」

 「まじそれ」

 「ヤマシタ変な踊りすんなって」

 「俺これで天下とるから邪魔するなよ」

 「意味わかんな〜」


 と、試合後の興奮冷めやらぬ中、ゲラゲラケタケタ笑っていたのが何よりの証拠である。


「てか神谷次どうするん?」


 神谷と親しい友達は運動部に所属しており、別の試合にも出場する必要があったため、神谷は1人暇な時間ができてしまっていた。

 

「あー俺教室行くわ」

「はぁ?応援しろよ〜」

「暑すぎて死ぬ」

「それはそう」

「そこ!水分補給終わったら次1組との試合!!!集合して!!」

「はっや」

「う〜す」


 神谷と話していた友達は担任の大声で一斉にげんなりとした顔になる。


「じゃ後で」

「お前見とけよ!?」

「見れたら見るわ」

「うっわ笑それ見ないやつ笑」

「遅い!!」

 

 神谷の友達は不満げだったが、担任の大声でコート内に走っていった。

それを見送った神谷は教室へと向かった。しかし、教室の扉には鍵が閉まっていた。

 

「殺す気かよ」


 頑として動かない扉に舌打ちをし、神谷はその場を後にした。

 鍵は恐らく担任か鍵番のクラスメイトが持っている。けれどもわざわざ取りに行くのは面倒だし、なんなら試合観戦に付き合わされるかもしれないと考えた彼は、涼しく静かな場所を探した。


 「お」


 そこで、ちょうどいい感じのスペースを見つけたのだ。

 運動場の体育館側。運動場から見て死角の、日陰になった場所。人気のないところ。しかも草や地面ではなくアスファルトだ。これは運が良い。虫がいない。


 しかしそこには先客がいた。

 試合を見ている「吸血鬼」だ。1人だけ指定のジャージをつけて体育座りでそこに座っている。真っ白な肌が木陰の中でやけに浮いていた。


 「…座って良い?」


「吸血鬼」の周りには人がいない。神谷はこれ幸いと座った。こぶし一つ分あけて。


 コイツなにが楽しいんだろう。

 知り合いとしゃべるわけでも、サッカーに参加する様子でもない。ただじっと見るだけだ。暇そうに。


 いじめられているわけではないが...シンプルに避けられている。


 彼は浮いていた。

 いい意味でも悪い意味でも。

 だからみんな吸血鬼だと呼ぶ。

 友達なんていないから。

 彼のことをよく知る人はいないのだった。

 ...そういえば、コイツ、名前なんていうんだっけ。

 この時、神谷の少しばかりの好奇心が動いた。


「お前さぁ、名前なんて言うの」

「…」

「お前に聞いてんだけど」

「…俺に?」

「そうだけど」



 吸血鬼は驚いたような顔をした。そのまま

 「…シミズ」

 と、涼やかな響きの音の名前を転がした。


「清いに水の?」

「…その清水で合ってる」

「ふーん。あ、俺は」

「神谷でしょ。知ってる」


 存外驚いた。

 彼の透明な声が神谷の名前を呼んだのだ。それは随分奇妙なことだった。


「…マジ。俺そんな有名なん」

「先生がよく話してるから。聞いたことある」

「あね」

「…よく買い食いしてるって聞いた。」


 神谷の学校では買い食いが禁止されている。

 良くも悪くも目立つ神谷やその友人達はよく教師の槍玉に挙げられていた。


「腹減ってるし仕方ねーじゃん。なに。悪い?」

「いや、…食いしん坊なんだなって」

「はあっ!?」

「うわっ」


 勢いよく上体を起こした。


「いや腹減るじゃん普通に!駅前でたこ焼き売ってるとかあるし!」

「え、でもお昼食べたらお腹いっぱいになるじゃん」

「ウッソだろお前。まじか」



 まさに青天の霹靂。

 神谷にとって清水のような人間は初めてだった。

 クラスの女子ですら放課後にバレないよう流行りのデザートやらマックやら行ってるのに。


「お前んちのおにぎりってどんくらいなの」

「え、こんな…」

「足りねーよそんなん。で、何個食うの?」

「半分昼に食べて、残りは家で食べてる」

「信じられねーわ…」


 清水が両手で形作った小さな丸。それはほぼピンポン玉くらいの大きさだった。しかもそれを2回に分けて食べると言う。

 もう新手の生命体なんじゃないかとさえ思えてきた。


「だから、神谷が食いしん坊なんだって」

「や、清水が少食なだけだって」

「……」


 なんとなく黙った。

 ふ、と吹き出した。

 初めて見たのだ。「吸血鬼」が笑う瞬間を。

 清水の端正な顔は、人間染みた動きをするのに相応しくなかった。感情の共有ができなくなるからだ。清水のことしか考えられなくなるからだ。清水のそれは画家が額縁に閉じ込めるあの笑みだった。人の一生を狂わせる恐ろしいほどの破壊力だった。不幸なことに、神谷はそれを真正面から食らってしまった。


 まずいな。

 油断した。


 神谷の頭の中にはそれだけがぐるぐる巡った。


 「吸血鬼」の視線は神谷を捉えている。

その薄い口が開いて、尖った歯がチラリと覗き、瞳が神谷の方へ向いた。


「あ、試合」

ピィーーーー!

ワッ!!!!


 「うおっ」

 空がカチ割れるような叫びに神谷の意識は戻った。

 見ればグラウンドのど真ん中で、神谷のクラスのメンバーが抱き合って喜んでいる。


「見れた?」

「あ、いや…なにがあった?」

「時間ギリギリでシュートが決まったんだよ」



 すごかった。と話す清水に先ほどのような恐ろしさはなかった。その様子に居心地の悪さを感じた。


「やべ、俺あっち行かねーとシバかれる」

「え、やばいじゃん」

「そう。だから俺行かなきゃ。じゃ。」


 早口でまくし立て、清水の狼狽えた声を振り切って向かう。汗で湿ったシャツが背中に張り付いて不愉快だ。


 考えを改めなければならない。

 普通じゃないのかもしれない。

 その証拠に、清水は一度だって影から出なかった。





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