表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

第27話「印紙の檻、連結の帯」

 紙は、刃より静かに人の喉を絞める。

 『外部倉機能の課税化――委任粒一粒ごとに印紙を貼付のこと。貼付のない粒は無効』

 広場の板に転がり込んだ布告は、たった一枚で呼吸の温度を下げた。


 《アラート:委任粒→有効判定に新規項目「印紙」追加/未貼付=粒の機能停止》

 《注記:王都法 印紙税則 第七条・付則二→「証憑一件につき印紙一葉」》

 セラが即座に読み上げ、眉根を寄せる。「条文自体は昔からある。粒を“証憑”扱いに拡大解釈したのが財務院」

 リナが短槌の柄で布告の端をこんと叩いた。「貼るだけで動かなくなる仕組み――檻だね」

 「貼らせない仕組みを作る。――見える化から」

 俺は板の隅に新しい欄を描き始めた。


 《印紙トラッカー:貼付者/貼付場所/貼付目的/貼付数→リアルタイム表示》

 《粒一覧:修繕/配水/給水/記録/安寧→ステータス「印紙」列追加》


 数字が走り、赤や橙の粒の横に薄い灰色の「印」が現れ、貼付所の混雑が地図の上で脈を打つ。

 財務院は印紙販売所を四箇所に限定していた。上層に二、中層に一、下層に一。

 「列で止める作戦」

 ミーナが矢筒を軽く叩き、俺は頷く。

 「列で止まるなら“件”を削る。――粒を束ねる」


 セラの目がわずかに光る。「付則二、『証憑一件につき印紙一葉』。粒を証憑の**“件”として一個一葉にしたのが拡大解釈**。逆に束ねれば一葉で足りる可能性」

 「連結する。――第五鍵の隣にある気配を叩く」

 胸の奥で、鍵穴が一度鳴った。


 王都は紙の海になった。

 印紙販売所の前には列が膨れ、罵声は出ずとも舌打ちが増え、粒は掌で冷えたままだ。

 「赤札の粒を先に」

 「産婆は優先だろ」

 「官舎が横入りしてるぞ」

 板の待機時間が棘のように突き出し、上層の数値だけが安定して低い。


 「束ねる場所を作る」

 俺は広場の端に長机を二十台並べ、印紙貼付所の鏡として「連結所」を立てた。

 《転送:連結板×8/誓紙(無署名)×600/割印ローラー×10/番号札×1000》

 《UI:連結帯バンドル作成→「対象粒」複数選択→「目的」入力→自動で“一件”の誓約書生成→印紙一葉》

 セラが細則集をめくりながら言う。「“共同請負”に当たる。公共善のための共同委任として一件と解釈できる余地はある」

 「余地を数字で埋める」

 俺は連結板を光で起こし、粒を選ぶ欄を太くした。

 《例:北翼 給水粒×28+配水粒×7+記録粒×3→連結帯A(目的=北翼給水維持)》

 《印紙:一葉(帯単位)》

 「帯を作れば、一葉で二十粒でも三十粒でも動く」

 「――王都法が嫌いそう」

 リナの口元が上がる。

 「嫌っても、法に沿う」


 胸の奥の鍵が、もっと近く鳴る。

 視界の端に薄金の線が集まり、文字が浮かび上がった。


 《第六鍵:連結リンク

 《定義:委任粒を帯として束ね、“証憑一件”の実体を生成》

 《要件:公共善/公開/相互返済意思(帯に参加する者のコール&レスポンス)》

 《副機能:割印の仮想化/帯の断面の見える化(誰が何粒 使用/返却)》


 「――帯が来た」

 俺が言うと、セラが真ん中の顔で頷く。「連結の鍵。印紙税は**“一件”に貼る。件を増やしたのは財務院**。件を束ねるのが第六鍵」

 「帯の割印はここ。王都監査の印はあんた」

 「受ける」


 連結所に、人が集まる。

 配水工組の親方が掌に熱を受けて、連結板に粒を押し込む。

 《帯A:北翼給水維持/参加=配水工×16・井戸番×12・産婆×4・記録僧×3》

 《割印:監査印セラ/数字印(板)/共同割印(各組)》

 印紙が一葉、帯の左上に貼られる。

 紙の重りが粒を止める代わりに、帯は紙を持ち上げる。


 上層の石段から声が降りた。「租税回避だ」

セラが即答する。「回避ではない。課税単位の正当化」

 俺は板に欄を追加した。

 《印紙用途の公開欄/貼付所→財務院への入金額→王都歳出の該当項目》

 「貼った紙がどこへ行くかを見せる。財務院が嫌うのは――見られること」

 リナが短く笑って、袖の下で手の汗を拭った。


 帯はさらに増える。

 《帯B:南翼食糧救済/参加=パン組×9・小麦商×3・配達少年×24》

 《帯C:西翼露市衛生/参加=薬師×6・掃除組×12・記録僧×2》

 印紙は三葉で六十粒が動く。列は分散し、熱は戻り、呼吸の波が穏やかになる。


 その一方で、灰の外套が一つ、帯Aの端に薄い札を貼った。

 《技術庫符:断帯符/帯の割印を無効化→帯を粒に分解→「件」増殖》

 「――来た」

 ミーナの矢が符を割り、銀糸が灰の袖を縫った。

 だが、断帯符は一度だけ走り、帯Aの端を削った。粒が数個はじける。

 《帯A:連結強度 82→67》

 「帯を守る帯が要る」

 俺は倉に降りた。


 《第六鍵:連結→副機能【帯の帯(バックボーン帯)】》

 《説明:複数帯の上位連結/割印を二重化/一方が破損しても片側で件を保持》

 《要件:二種以上の公共目的/重複参加者が一定数》


 《連結:帯A+帯B→背骨帯S1(給水×食糧)》

 《連結:帯B+帯C→背骨帯S2(食糧×衛生)》

 板の上で、帯の裏に淡い線が走る。

 断帯符は帯を切れない。切っても背骨帯が件を保持し、印紙は一葉のまま効く。

 技術庫の灰が舌打ちを飲み込んだ。


 午後、西翼の露市で腹痛が出た。染料の廃液が再び紛れたのだ。

 「隊列」

 リナが短槌の柄で地を叩く。

 俺は粒を連結する。


 《帯D:中毒対処/参加=薬師×5・水売り×4・記録僧×3・配達少年×12》

 《印紙:一葉(帯D)》

 《背骨帯:S2に帯Dを連結→S3(衛生×中毒対処)》


 財務院の印紙係が走ってきた。袖に赤い布。

 「帯の増設は別件。印紙をもう一葉!」

 セラが条文を掲げる。「目的の関連性が証されれば同件内の増設は可。王都判例、第九巻・公三十八――背骨帯の導入がここで利く」

 「判例を倉が喋るなんて」

 リナが横目で笑う。

 「喋るのは私。倉は短く書く」


 配達少年が塩を二粒齧り、水を担いで走る。

 薬師は解毒粉を包みにし、記録僧が服用と症状を板に書き起こす。

 「一人、呼吸が遅い!」

 産婆組の赤札が翻り、安寧粒が灯る。

 《安寧粒:帯D内→使用→3分で回収予定》

 粒は兇器じゃない。間に手を差し入れる道具だ。


 夕刻には腹痛は鎮まった。

 《帯D:使用17/返却17/回収率 100%》

 板の隅で、第五鍵の輪郭が薄金の息を吐く。

 第六鍵は――帯を通した。紙の檻に隙間を開**けた。


 「王都は紙で戦う」

 セラが広場の影で水を飲み、印を袖に仕舞う。

 「紙で戦って、数で勝つ」

 「刃の出番は?」

 リナが半歩だけ近づき、声を落とす。

「刃は最後。折れない柄はここ――」

 彼女は自分の胸を軽く叩き、それから俺の胸にも指を当てた。

 「二本の鍵は絡めて持つ。一本だけだと滑るから」

 「滑らせない準備はする」

 「準備だけなら、心は滑る」

 短い言葉が痛い。甘い。強い。

 俺は笑って頷いた。「滑ったら――帯で繋ぐ」

 リナの目尻が薄く緩んだ。


 黄昏、財務院が動いた。

 印紙係が鉄枠の箱を押し、連結所の手前に置く。

 「連結帯は無効。――財務院告示『一件の定義は財務院が解釈する』」

 告示――法の下に立つ紙の棒。

 セラが即座に反す。「告示は法ではない。監査の承認なしに効力は持ちえない」

 「監査は――更迭されたのでは?」

 財務院の男が薄く笑う。昼の紙。

 「公開投票でセラが監理者に選ばれた。王の許可の下に」

 俺が板を指す。

 《監理:宮廷監査セラ→承認→王命ログ 添付》

 「王の許可に反して告示を出せば、財務院は文法を壊す。――文法を壊す人間は、数字に嫌われる」

 連結板に新しい欄を描く。

 《告示の可視化:出所/根拠条文/効力範囲/監理承認の有無》

 紙の棒に影を落とす。影は人の位置を明らかにする。


 灰の外套が再び近づく。

 断帯符ではない。

 封錠札――帯の中の相互返済意思を**“沈黙”にする札。

「声を奪う術」

 セラが低く言い、俺は連結板の縁を叩く。

 《第六鍵:連結→副機能【呼応(コール&レスポンスの再生)】》

 《説明:帯の参加者同士の誓い(返す/返される)の呼応を記録して再生**/封錠札による“沈黙”に対し対音を供給》


 帯の裏で、短い声が道具箱の底から拾われるように灯る。

 ――返す。

 ――返される。

 呼応が波になって帯の隙間に満ち、封錠札は光の底で紙に戻る。

 灰の外套が薄く舌打ちし、群衆に紛れて消えた。


 夜。

 上層の浴場が静まり、中層の工房が灯を落とし、下層の屋台が油を惜しむ頃。

 黄金の尖塔の影で、王がひとり、回廊から出た。

 遠いのに、近く見える歩き方。

 「倉の主」

 短い呼吸で、二音だけの呼び方。

 「鍵は増え、紙は増え、人は減る――そう言う者がいる」

 「紙は減らす。鍵は分ける。人は増やす」

 「増やせるのか」

 「腹を満たし、夜を照らし、傷を洗う数を増やす。――人は増える用意をする」

 王は頷かない。否も言わない。

 「会計大審問を三日後。倉が国家の心臓であるか、街の心臓であるか。裁つのは数字と証言」

 大審問――紙と数の戦場を王が敷いた。

 セラの肩がわずかに強くなる。

 「真ん中を用意する」

 リナは短槌の柄を握り、「刃じゃない戦い、嫌いじゃない」と微笑む。

 俺は倉の奥で、鍵の影がまた濃くなるのを見た。

 第六鍵は開いた。

 ――第七の気配。名前は、まだ読めない。


 その時、板の隅で小さな赤が灯った。

 《異常:王都南端→“呪装帯”の反応/連結を喰う》

 「帯を喰う――?」

 ミーナが矢筒を叩き、セラが印を握り、リナが一歩前に出る。

 紙の戦いに、黒の戦いが重ねられる。

 黄金の檻は、夜に鈍い音を鳴らした。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ