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第25話「公開誓約、二つの鍵」

 契約石は掌に冷たく、しかし内側で脈を打っていた。

 《第五鍵:継承/公開誓約モード》

 《要件:公共の場/多層代表性(上層・中層・下層)/可視化》

 《補助:仮の“誓約板”を展開せよ》

 王の一言で広間は静止しているのに、倉の文字はせかすように流れ続ける。時間は、上からではなく下から動かす――そう倉が言っている気がした。


 「場を用意する。王都中央広場だ」

 王の短い許可が落ち、白い階段の上から使者が走った。財務院の視線は冷ややかで、技術庫は壁際に溶け込み、軍は肩章の角度で気配を隠す。

 セラが襟の印を確かめてこちらを見る。「真ん中は押さえる。あなたは見える化を」

 「光格子と誓約板で囲う。――扇動は防ぐ。公開は止めない」


 王都中央広場は白の円形劇場だ。床石は目地まで磨かれ、黄金の尖塔が角度を変えながら空を切る。

 上層観覧席には絹と金糸、中層の石段には職人と書役、下層の地面には配給列から流れてきた市井。

 三つの呼吸が同じ場所で混じっている。その真ん中に、俺は脚立ほどの高さの台を置き、契約石を載せた。


 《転送:誓約板(大型非魔導)×3/投光筒×8/鏡板×12/鐘台(微)×2》

《誓約板UI:同意率/層別参加率/待機時間/異常値アラート》

 光を歪ませ、板が立ち上がる。板面は紙のように見え、黒の筆致が走っては消え、数字が現れては整列する。

 セラが壇上の脇に立ち、中立の宣言をする。「宮廷監査は本誓約を公証する。扇動・暴力・偽装を禁じ、公開と記録のみを許す」

 王は玉座から来ず、陰の回廊で観る。

 財務院長ハルドは笑わず、技術庫の灰外套が風に揺れ、宗廟の僧は目を伏せる。


 リナが台の段差に腰かけ、包帯をきつく巻き直した。

 「息が詰まる」

 「息は数で守る」

 「あなたの数は刃より刺さる」

 「刃はあなたが持てばいい」

 短いやり取りだけで、背骨が一本通る。二人で一本の鍵――倉がわずかに鳴った。


 公開誓約を始める。

 「可視化する。――いま、ここに居る人数、層、待機時間、列の長さ。同意も反対も、同じ重さで載せる」

 《板:参加 3,212/上層 14%/中層 38%/下層 48%/平均待機 27分》

 「継承候補は二名。主候補=カガミ、副候補=リナ。継承は鍵を渡すことではない。場所を守る約束だ。――王にも街にも見える形で誓う」


 板がざわめきを吸い、数字が揺れて落ち着く。

 上層の石段から声。「軍事の鍵を市井に?」

 「軍事で計上された倉を、市井の心臓に戻す。鍵は一人の権限ではなく、公共の委任で回す」

 中層から声。「責任は誰が負う?」

 「公開に晒された運用は、数字で責を取る。逃げる場所は板の上にない」

 下層から声。「配給は増える?」

 「配給は呼吸だ。増やす。偏りは消す。――化粧で隠された数字を剝がす」

 ハルドの頬がわずかに痙攣した。見られることは、権力にとって寒風だ。


 その時、板の隅で赤が点滅した。

 《異常:南翼配給路→待機時間 急上昇/供給停止》

 「やったな」ミーナが矢筒を叩く。

 財務院が南の配給を絞り、下層の参加を削ろうとしている。公開誓約の資格に“多層代表性”があるのを知っているからだ。


 「転送ビーコン、起動」

 《転送:配給補助台×6/パン一次発酵箱×12/水袋(煮沸済)×200/番号札×500》

 広場の縁に台が生え、番号札が配られ、発酵箱が蒸気を噴く。

 「ここで食べて、ここで誓える」

 南の列が分かれ、板の参加率がわずかに上がる。

 《下層参加:48→52%》

 セラが小さく頷いた。「層が揃えば、法は動く」


 バチッ。

 空が裂れる音。技術庫の灰外套が動いた。薄い符が風に溶け、空気の乾きを増やす。

 「虚飢渇の術」とセラ。

 目の奥が乾き、喉が指で掴まれたように痛む。群衆の呼吸が早くなり、不安が増幅されて列が波打つ。公開は恐怖で簡単に覆る。


 「鐘を二つ」

 鐘台が低く鳴り、俺は倉の奥に指を入れた。

 《転送:霧鐘×4/清水幕×3/塩粒×多数》

 霧鐘が青白い霧を吐き、清水幕が薄い膜を風に掛ける。舌に塩を一粒、広場全員に配るよう撒き、虚飢の錯覚を切る。

 「飲め。舌に塩。待てる。――数字が順番を守る」

 板に待機時間が流れ、列の動が緩み、呼吸が揃う。

 財務院の意地は金ではなく感情の飢えに賭けていた。飢えを読み、塩で返す。


 灰外套が二、三歩引いた。が、別の影が動く。

 無音弓。宮廷導師レメギウスの別働か、似た匂い。

 矢の白い筋が空気に線だけ残して消える。狙いは――契約石。


 「――っ」

 腕が先に動いた。

 《転送:可倒盾(薄)×20/光格子(微)×1》

 盾の雨が斜めに降り、光の線が格子を作る。矢は盾に吸われ、格子に逸らされ、石は台の上で無傷のまま。

 矢を放った影に銀糸が伸びる。

 「そこ」

 リナの声が低く、確かだ。短槌の柄が足を掃き、銀が手首を縫い、粉が床を噛む。

 「誓約の場で偽装は不可**」

 セラの印が落ち、衛士が影を搬出する。

 財務院長ハルドは――笑っていた。薄く。笑いは余白で構成される。余白のない笑いは刃だ。


 誓約の本番。

 俺は台の端に立ち、契約石の窪みに掌を置いた。

 「俺は倉を街に継ぐ。鍵は委任で回す。名は二名。――カガミ、リナ。渡す意思、受け継ぐ意思、返す意思をここに誓う」

 リナが隣に来て、同じように手を置いた。

 「私は預かり、返す。――街に。あなたに」

 板が白く光り、数字が走る。

 《層別同意:上 63/中 74/下 82(%)》

 《参加:6,401/待機平均 19分/異常 0》

 鐘が一度鳴り、群衆の波が静まる。静けさは恐怖ではなく合意の静**けさだ。


 契約石が温度を持つ。

 《第五鍵:継承→承認(一次)》

《副機能:委任エスクロー解放》

 《説明:鍵の分有/局所の承認者へ権限の粒を貸与/自動回収可》

 板の隅に新しい欄が現れた。委任粒。

 俺は息を吸い、吐きながら石を見る。第五鍵は渡るのではなく、分かれて流れる。


 その瞬間、声が上から落ちた。

 「管理者を置く」

 王が陰の回廊から一歩出た。

 「継承の監理者。王の代行として鍵の分有を見る目。――財務院長ハルド」

 広間の空気が薄くなる。板がわずかに揺れ、数字が一列だけ歪んだ。


 契約石が拒むように冷えた。

 《監理者:中立が必要/利害関与者は不可》

 《推奨:宮廷監査》

 石の文字は感情を持たないのに、頑固だった。


 セラが前に出る。

「宮廷監査が受ける」

 ハルドが笑い、紙を一枚掲げる。

 「監査は――今この刻より王命にて人事更迭。新監察官は――私が任ずる者」

 白い紙に黒い字。印は重い。

 セラの指が短く震えた。

 倉の奥で、鍵が一枚、鳴る。

 《補助:公開が真ん中/人の名は端》

 倉は言う。場で勝て、と。


 俺は板の上に新しい欄を描いた。

 《監理:公開投票/候補=宮廷監査 or 財務院/層別二重多数決》

 王の唇がわずかに動いた。拒否も許容も言わない。

 群衆の筆が動く。石の上で票が積み重なる。

 《結果:宮廷監査 71%(上 59/中 73/下 79)》

 鐘が二度鳴り、契約石が温まる。

 《監理者:承認→セラ》

 第五鍵の周縁がもう一段、開いた。


 ハルドの笑みが紙のように薄く裂け、技術庫の灰外套が肩を落とす。

 軍の将は無表情で、宗廟の僧は目を閉じ、王は一歩後に下がった。

 黄金の檻が、ひとところだけ音を立てて軋む。


 終わりではない。第五鍵の承認(一次)は開いたが、本承認にはひとつ残っている。

 《要件:継承粒の実運用→都市のどこかで一件、成功事例を示せ》

 「事例?」

 「委任の粒を渡して、返して――街を強くする運用をひとつ、見せる」

 「王都で?」リナが眉を上げる。

 「王都で。――敵の街でも、街だ」

 板の隅で赤がまた点滅した。

 《警報:北翼水圧 低下/主幹管破損/配給水 停止》

 財務院の線か、技術庫の罠か。

 王の視線が真ん中で止まり、広間の空気が変わる。

 セラが印を上げる。

 「緊急避難に当たる。――行って」

 リナが短槌の柄を握り、ミーナが矢筒を叩く。

 「例を作る。鍵を二本で回す」


 王は何も言わない。

 黄金の檻が静かに開く――出るためではない。中から鍵を抜くために。


(つづく)

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