表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された俺、地味スキル《倉庫》で街を救う  作者: しげみち みり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/32

第16話「共有の初陣、蜂起する市井」

 日が落ちると、街は音を下げる――はずだった。

 その夜は違った。

 革の軋みが外壁の向こうで増え、槍の金具が低くこすれる音が風に混ざる。弓弦の軽い調律音が、眠りかけの屋根瓦を起こした。


 王都軍は昼の撤退を覆さない。ただし、夜の“威力偵察”という形で、圧を押し込んできた。

 南門の外で小隊が楔になり、盾列が暗闇の角度を測る。屋根上には弓兵が散って、背の低い煙突や洗濯竿を人影に見立てて矢を試す。射の調子を見るための、冷たい挨拶だ。


 広場の臨時本部では、白布の閲覧台に夜間反転のパネルが浮いている。

 《倉庫:第三鍵(共有)→稼働》

 《端末mini:市内配備 182/稼働 164》

《夜間灯:0.89》《救急搬送:+1分》《在庫滞留:−21%》


 セラが地図の上の真ん中に指を置いた。灰の瞳は昼より深い。

 「威力偵察。南門から押し、屋根から針。……秩序入城に向けた“余白”を広げる気だわ」

 彼女の声は冷静だが、白外套の袖口はわずかに震える。


 「余白を埋める」

 俺は短く答え、倉の奥に沈む。

 “全員参戦可能”――第三鍵【共有】の設計は、そこにある。

 《モード:共有→多点同時・少量供給》

 《対象:端末を持つ市民すべて》

 《用途タグ:防護/救護/配布/非致死牽制》

 《出庫:軽盾(竹骨布)×300/救急袋(止血粉+圧迫帯+滅菌水)×200/携帯食(干しパン)×1200/投石具(軽量)×90/足場杭×500/投光灯×30》

 《規約:攻撃目的の刃→不可/王都兵への致死行為→即時回収/“押し返し・守る・配る”のみ許可》


 白布に浮かぶ地図の点という点で、灯が弾けていった。

 屋台の裏、路地の膝、学校の雨樋、教会の軒、井戸の手押しポンプ。端末を持つ者の手に、小さな装備が同時に少量ずつ、静かに現れる。


 「盾、届いたよ!」

 「こっちは止血粉!」

 「投石具、屋根隊へ回す!」


 一箇所で弾をためる王都の作戦は、そういう前提に立っている。

 その根を、街じゅうの梁で同時にずらしてやる。

 集まる場所を、無数にする。

 薄く、しかし切れない。


 屋根の上で、少年配達員の一団が、猫の背みたいに体をしならせて走る。

 「いくぞ、屋根伝い!」

 端末miniを胸に下げ、最新の“軽量投石具”を握る。

 《投石具:軽量弦・小石標準化/牽制距離:屋根→路上弓兵の射角外》

 「ひゅっ」

 軽い音。弦は空を斬らず、空気に針を置くみたいに矢の軌道に触る。

 弓兵が顔を上げる。屋根の影に見えた“人”が、人ではなく投げる手だと知ると、射は慎重に変わる。


 路地では、民兵のおばあちゃんが止血粉パックを配る。

 「慌てず、押さえる、巻く。順番覚えたでしょうが」

 「はい!」

 彼女の叱りは、夜の風より頼もしい。


 前線では、リナが短剣を休ませずに動かす。

 「三時方向、狭路から来る!」

 「受けた!」

 足下を見ずに足が置けるのは、足場杭がそこにあるからだ。杭は小さく、軽く、速い。共有の向こうで、同じ規格が市中の至るところに配られている。


 王都軍の盾列は一点で強い。

 だからこそ、一点で押す。

 その一点が意味を持たなくなるのは、周りが先に動いているときだけだ。


 だが、分散には陥穽がある。

 “散りすぎ”は、管理不能に直結する。

 足りない場所に足りないまま、余っている場所が余ったまま――分散の悪い顔だ。


 《警告:共有供給→“散り過ぎ”兆候》

 《指標:在庫偏差/応答遅延/要請履歴の断続性》

 セラが白外套の袖を握る。「――混沌に入る」

 「閾値を入れる」

 俺は倉の奥に手を入れ、アルゴリズムの棚を引き出す。


 《共有:局所危機指数(LCI)計算→起動》

 《要素:救急要請密度/敵圧(盾列距離・矢雨)/夜間灯の有無/人口密度/退避動線の細さ/医者・職人ノードの距離》

 《式:LCI=Σ(w_i×e_i)/正規化→0~1/しきい値 θ=0.62》

 《挙動:LCI≥θの地点→供給量を瞬時に増/LCI<θの地点→維持または縮退/再計算周期 30秒》

 《公開:地図に熱として表示(赤→高)》


 白布の地図に熱が灯る。

 屋根の上の少年が「ここ、赤!」と叫び、路地の角にいるおばあちゃんが「あら、青になった」と笑う。

 赤の場所にはもう少し、青の場所には少しだけ――足りると余るの境目を、倉が支える。

 セラが小さく息を漏らす。「分散は混沌じゃないのね。秩序は設計できる……」

 「設計は秤。重さは人が置く」

 「そして私は真ん中から見る」

 視線は揺れない。彼女が真ん中にいる限り、端から使う俺たちの橋は折れにくい。


 屋根の縁で、少年配達員が足を滑らせた。

 「わっ」

 瓦が転がり、足首がぬめる。

 狙っていた弓兵がそれを見逃さない。

 「――!」

 弦が鳴る。

 矢が線になって、少年の胸の前に来る。


 刹那。

 リナが飛び込む。

 短剣で矢の根を払うには角度が足りない。

 彼女は肩で受けた。

 「っ……」

 短い息。

 白い布が、暗闇の中で花のように開く。


 「リナ!」

 俺の声は自分の喉から出た音に聞こえなかった。

 《共有:局所手術キット→投入/位置=屋根B-12》

 《内容:局所麻酔(薄)・止血鉗子・滅菌布・縫合針(太)・洗浄液》

 「少年、灯を」

 少年配達員が震える手で投光灯をリナの肩口に向ける。

 俺は駆け上がり、膝で屋根の角を探り、身体が落ちない位置で座る。

 「入ってる?」

 「浅い」

 リナは笑った。笑いの形で痛みを固定する。

 手が、少し震える。

 恐怖ではない。焦りでもない。リナだからだ。


 洗浄、止血、短縫合。

 《止血指数:0.78→0.92》《感染リスク:低》《動作制限:中》

 「はい、痛い」

 「必要の順位では二位。――一位は?」

 「少年を安全に下ろす」

 「良」

 彼女は肩に布を二重に巻き、少年の背に手を置いた。

 「大丈夫、走れる?」

 「……うん」

 「じゃ、走って」

 少年は走った。大人よりも速く、恐怖よりも軽く。


 俺の手はまだ少し震えていた。

 リナがそれを握る。

「あなたの倉が怖いとき、私があなたの手を止める」

 「止めないでほしい時は?」

 「私が押す」

 距離が一歩、縮まる。

 戦の最中に、戦以外の理由で。


 路地の向こうで、音が変わった。

 同じ鉄の音でも、重さが違う。

 強化された盾列が、角度をひとつ上げて押しに来る音だ。

 民兵の列の輪郭が崩れかける。足場杭が追いつかない速度。


 「路地を作る」

 俺は倉の棚から、昼間に考えていた新規格を引き出す。

 《出庫:可倒バリケード×40/蝶番式・肩高さ・片手操作》

 《配置:南門内→路地A-3〜A-8/B-1〜B-4/可倒角=90°》

 《挙動:起立→通路遮断/合図で一斉に倒す→誘導路形成》

 《連携:屋根→投石部隊/地上→火瓶(連鎖防止型)/最後→落石バリア(軽)》


 「リナ、合図」

 「了解」

 可倒バリケードは静かに立ち、待つ。

 盾列が入って来る。槍が揃っている。

 「――いま!」

 可倒バリケードが一斉に倒れ、袋小路が逆方向につながった。

 敵は“最短”を選ぶ。目の前の“通れそう”に吸い込まれる。

 通路の上では、屋根隊が投石を面で落とす。

 地上では、火瓶(連鎖防止型)が点で燃え、道を悪くする。

 最後に――

 《落石バリア:軽(非致死)→門内裏・角度 33°》

 石材パレットが足下の“行きたい方向”にだけ転がり、盾列の足を奪う。

 倒れた者は潰さない。押し返すだけ。

 非致死で、圧を止める。


 小隊長が苛立ちに槍の石突を叩く。

 「退け!」

 秩序は引き、乱は戻らない。

 市井の列が、蜂起の列に秩序を持ち込んだのだ。

 倉が設計した秩序が、人の秩序に繋がった。


 静けさは、急には戻らない。

 だが、勝ち負けの匂いは風に出る。

 南門の外の空気が軽くなった瞬間、俺はようやく息の長さを取り戻した。


 その時――

 空が鳴った。

 矢が一本、広場の真ん中に突き刺さる。

 弦の音は一度きり。伝令矢。

 巻かれた布をリナが引き抜く。

 金の糸が編み目に一本混ざっている。

 勇者のマントの切れ端。


 布に、短い文が走っていた。


 「明朝、城壁前にて“決着の代表戦”を申し入れる」

 「条件:負けた側は、都市運営権を放棄」


 広場が、息を止める。

 セラは布に指を置き、目を閉じた。

 「法の外、慣習の中。……決闘裁定」

 ヴァルスの匂いは近くにない。彼はこの賭けに同席しない。

 王都は、剣の形で政治を運んでくる。

 俺たちは、帳面の形で戦を運用してきた。


 「行くの?」

 リナの声は低い。包帯の端は新しい。

 「街が選ぶ」

 「街はもう選んだ」

 「なら、形を出す」

 「あなたが前に出る必要はない」

 「前に出さないために、後ろで回してきた」

 彼女は一拍、黙って、それから頷いた。

 「じゃあ、私が前に出る時は、あなたが後ろで私を回して」

 「いつもそうしてる」

 「もっとして」

 「する」


 セラが眼を開ける。「代表戦の条文、拾う。負けの定義、放棄の範囲、監査の立会い。真ん中から紐をつける」

 「共有は?」

 「骨は夜のうちに太くする。医療と灯を最優先に」

 「請求は?」

 「勝っても負けても“補填”は王都に請求する。――損害は、数字で返す」


 夜風が、勇者の布の切れ端をさらい、金の糸が遠くの灯に一度だけ光った。

 戦は明朝、剣の形で一度収束する。

 だが、街の戦は、夜のうちに続く。

 共有の灯が、路地と屋根と井戸と校庭と小倉で増え、結ばれ、濃くなる。


 《共有棚:稼働率 0.71/規約遵守 0.98/転売検出 0》

 《LCI:赤→3点/橙→7点/青→多数/供給適応→正常》

 《医療:救急袋 残 41/手術キット 残 6/夜間灯:0.91》

 数字は静かに落ち着き、在庫は明朝に向けて並ぶ。

 要が、ひとつ、またひとつ、街に打たれていく。


 「――回す」

 俺は小さく、しかし確かに言う。

 「剣が一度、判を押す。帳面が毎日、運用する。代表戦が街を決めない。街が街を決める」


 リナが笑う。

 「たまに格好いい」

 「たまにでいい」

 「明朝は、いつもでいて」

 「やってみる」


 夜が深くなるほど、灯ははっきりする。

 共有の初陣は終わらない。

 市井は蜂起したまま、台所の音で戦い、包帯の白で守り、干しパンの匂いで不安を洗う。


 城壁の向こうで、剣が静かに眠る。

 城壁の内側で、棚が静かに起きている。

 ――明朝、代表戦。

 ――今夜、市井戦。

 どちらも、この街の戦いだ。


(つづく)


※ここまで読んでくれてありがとうございます!「共有、熱かった」「市井が燃えた」と感じていただけたら、ブクマ&⭐評価&感想で応援いただけると次の補給になります。次回、明朝の“代表戦”――剣が押す判に、帳面はどう線を引くか。数字と制度と少しの刃で、決着の形を選びにいきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ