表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

第14話「最初の請求、街の審判」

 夜は短く、考えるには十分だった。

 王都の監獄印は紙の上で赤いだけだが、朝になれば隊列になって門を叩く。

 “明日”――第二鍵が示した期限。請求で返せと倉は言った。


 俺は《倉庫》の最奥に沈み込み、文字どおり棚をなぞった。

 《負傷:中等 6/軽 31》

 《破損:外壁スパン 7/門蝶番 2/屋根梁 11》

《在庫:医薬基材→残 19箱/包帯規格→残 42/修繕材パレット→残 26》

 足りない。**“勝った”**翌日の街は、続けるために不足する。


 俺は請求書を起こした。


 《第二鍵:請求の正当化/王都財務院宛》

 《件名:ルミナ市民の生命・公共善の継続にかかる補填請求》

 《内容:医薬品 100箱・修繕資材 500セット》

 《根拠:魔獣襲撃・南倉放火・買い占め騒擾・夜戦補給の記録》

 《受領方法:市民配布(軍経由不可)》

 《署名:臨時物流本部(住民代表添付)》


 送信。

 倉の中で、鍵穴がわずかに鳴る。

 攻めるための紙が、夜の向こうへ走った。


 朝の光は、石畳の角から均等に上がってくる。

 返答は、早かった。


 《王都財務院:返答》

 《請求受領。根拠を示せ》


 俺はため息を一度だけ吐き、閲覧台に手を置いた。

 「――映す」


 《倉庫:ログ映写(公衆)》

 《映写 01:魔獣襲撃/門裏配置テンプレート→落石バリア+緊急橋》

 《映写 02:南倉火災/油壺貸与ログ→端末ID SC-12→搬送軌跡/偽造鍵痕跡》

 《映写 03:市場騒擾/一日パック配布→二重取り検出→注意》

 《映写 04:夜戦補給/火瓶(連鎖防止型)切替→包帯キット滅菌対応》


 白布に線が走り、時刻、座標、承認、出庫、返却の点が、絵になって並ぶ。

 群衆は息を呑み、子どもは指で矢印を追った。

 セラが一歩前に出る。白外套が朝の冷気を切る。

 「記録の透明性は王都法でも認められている。閲覧のみであり、改竄不能。――証拠能力、あり」

 石畳の上に、法が降りてきた音がした。


 数刻後、王都の印章が再び投影された。


 《王都財務院:承認》

 《補填:医薬品 100箱・修繕資材 500セット》

 《条件:王都軍経由で届ける。受領時立会い要》


 広場の空気がぴん、と張った。

 最前列の若い母親が、ためらわず手を挙げる。

 「軍は、街に入らないでほしい」

 鍛冶屋のガレンが低くうなった。「隊列が入れば、誰が指揮を握る」

 子どもが袖を引き、「怖い」と言った。

 恐怖は数字より速い。だが、運用は恐怖より速くできる。


 俺は即座に倉に指を滑らせた。

 《物流ルート:自走配布》

 《貸与:搬送キット(背負子+許可タグ+端末mini)×80》

 《条件:軍経路と交差禁止/受領は小倉/受領ログ→監察宿ミラー》

 《ボランティア:応募 40→96(町内会・水売り・鍛冶見習)/選抜→即時》

 「軍を通さない。受け取りは城外の受領点に設定。配るのは私たち」

 セラが目を細める。「王都法的にギリギリだが、合法。受領の主体が市である限り」

 「線の上を歩く」

 「落ちるな」

 「落とさない」


 受領点は城門南の乾川の古い橋――緊急橋の残骸を再利用した。

 《受領ポート:設定》

 《請求物資→補填受領ポートに入庫(監査タグ付き)》

 《監査タグ:王都印+シリアル/偽造耐性 高》


 昼前、王都軍の先遣隊が現れた。鉄の匂いと馬の息。

 隊長が書状を掲げる。「軍の護送下で受領を――」

 「必要ありません」

 俺は坂の上で返す。後ろにはボランティアの列、背には背負子、首には許可タグ。

 「補填は市に対して承認された。市が受け取り、市が配る。監査はここで行う。あなたではなく、彼女が」

 セラが一歩前に出て、停止ボタンと監査端末を示した。

 「受領ログは常時接続。不正があれば止める」


 隊長は眉を寄せ、金具の留め具に指を当てた。

 「阻止する」

 「――遅い」


 川の上空に、薄い光が走った。

 補填受領ポートがひらき、木箱が現れた。

 《入庫:医薬品 100/修繕資材 500》

 《監査タグ:有効/印影照合→一致》

 「受領、開始」

 背負子が規格に合わせて形を変え、許可タグが音を弾く。

 ボランティアが歩き出す。

 軍の長槍が道を塞ごうとした瞬間、セラの声が刃を滑った。

 「阻止は越権。王都印により承認済みの補填を、市が受領し配布する。兵は護衛に徹しなさい」

 静寂。

 槍の穂先が、二寸、下がる。


 広場に戻ると、箱は箱のままで希望になった。

 《配布:医薬品→診療所・小学校・洗濯屋/修繕資材→大工・鍛冶・若衆組》

 《貸与:修繕セット→町内小倉(返却=写真記録)》

 《請求:逸失→公共労務/免除=夜間修繕》

 目に見える正義は、音を持つ。

 「来たぞ!」

「包帯が……新しい!」

 「釘が曲がってない!」

 笑いが生まれる。

 涙も、生まれる。


 リナが片腕に包帯を巻いたまま、箱を支えながら笑った。

 目の底に水が立つ。

 「倉庫は呪いじゃない。希望だ!」

 歓声は、剣の勝利より長く続いた。


 軍の隊長は遠目にそれを見て、顔の筋肉を少しだけ緩め、隊を引いた。

 “護送”は、護衛に名前を変えた。


 夕刻、配布が八割を越えるころ、倉の奥で鍵穴が深く息を吸った。

 《第三鍵:共有シェア

 《解放条件:正当な請求→補填の分配を完了/“所有の証明”“請求の正当化”クリア》

 《機能:共有棚――貸与と寄付の中間。返却不要だが使用規約で“譲渡禁止・転売禁止”を縛る。信用点と連動》

 棚がもう一段、街の形に近づく。

 「要を増やす要……」

 独り言が風に溶けたそのときだ。

 城門の見張りが、二度、重い笛を鳴らした。


 黒い馬。

 赤い羽根飾り。

 王都の布告士。

 広場に立ち、羊皮紙を高く掲げる。

 声は訓練で削られて鋭い。


 「布告!

  ルミナ市は、王都の直轄領に編入する。

  臨時物流本部は、王都直轄下とする。

  防衛・徴発・裁可の権限は、王都軍司令部に移る」


 戦争前夜の匂いは、宣戦布告という形を取らない。

 編入という法の言葉で、静かに街の首に縄をかける。


 広場は、しばらく無音だった。

 セラは布告を読み、口の端だけを動かした。

 「政治の速度」

 勇者はどこにもいなかった。

 ヴァルスはどこかで香油の匂いを濃くし、勝ち筋を探している。


 俺は第三鍵の説明を閉じ、閲覧台を消した。

 見えるものが武器なら、消すこともまた運用だ。

 「要を増やす」

 声に出した。

 「共有棚で、街の骨を先に作る。編入が降りても折れないように」


 セラがこちらを向く。

 「法は“真ん中”から使う者のもの。あなたは端から使っている。――落ちるな」

 「落ちない。落ちても、在庫で橋を架ける」

 リナが隣に立つ。包帯は真新しい。

 「一位は?」

 「あなたが倒れないこと」

 彼女の笑いは短く、しかし深い。

 「二位は?」

 「街が、自分で配れること」

 「三位は?」

 「王都に“請求”を続けること――共有で要を増やしながら」


 布告士の黒い馬が蹄で石を打ち、王都兵の列が静かに門前に伸びていく。

 戦は、剣だけの言葉を持たない。

 在庫と法と意思の言葉を、同じ口で話す夜が来る。


 第三鍵が開いた。

 共有は、奪えない形を作る鍵だ。

 だが、奪いに来る者は、それを鍵としてではなく、錠として使おうとする。


 審判は、街がくだす。

 請求は、こちらから続ける。

 編入は、受け取り方で結果が変わる。


 ――最初の請求は通った。

 次は、街の審判だ。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ