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追放された俺、地味スキル《倉庫》で街を救う  作者: しげみち みり


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第12話「監獄印の脅しと、市場の逆襲」

 王都監獄印の赤は、見た者の喉に砂を詰める。

 広場の掲示台の前で、人々は囁き合い、目を伏せ、耳だけを大きくして風の音を聞いた。風が何かを連れて来はしないか、あるいは奪って行きはしないかと怯えながら。


 「三日……」

 「返事を間違えたら、うちら全員、連れてかれるのか」

 「倉はもう駄目かもしれない」


 不安は速い。数字よりも、剣よりも。

 俺は掲示台の前で一度だけ深呼吸をし、《倉庫》の板を広げた。

 「――奪われる前に、街のものにする」

 声は大きくない。ただ、石畳に落ちてから跳ね返って人々の足元に収まるように、低く出す。

 「《倉庫》を、市井の棚にする。王都が持って行こうとしても、持っていくべき“ひとつ”が無い状態にする」

 「どうやって?」

 「分ける」


 《倉庫:市井ノード拡張》

 《新規:端末mini(屋台用)/手のひら大/表示=在庫・貸与・請求(超簡易)》

《配布先:市場=魚屋・パン屋・薬屋・香草屋・水売り・布屋・鍛冶屋の前》

《同期:在庫連動(市井)→“残り○”“貸せる×”が屋台の札に出る》

 「今日から、市場の店に端末miniを置く。魚屋が余れば、パン屋に魚粉が流れ、パン屋が余れば、薬屋の粥袋に混ざる。貸したら返す、返せないなら請求。全部、屋台の札に出す」

 年配の女が腕を組む。「王都に取られちまうだろ?」

 「“倉”を取れるのは、ひとつという前提の話だ。百にしたら、どう持っていく?」

 白外套の裾が風を切った。セラが目を細める。

 「分割……王都の徴発帳簿は、単一資産のほうが速い。市井の分割資産を動かすには同意が要る。――時間を稼げる」

 「時間を稼ぐ間に、回す」

 俺は短く言い、広場を離れた。


 市場は、午前の喧騒に入る前の、薄い汗と鉄の匂いの時間だった。

 乾燥した木箱の縁、縄の痕、魚の腹を割く音、パンの生地を打つ音。

 「カガミ!」

 パン屋の親父が手を上げる。

 「窯、空きは午後。端末ってやつ、どう置く」

 「ここに」

 俺は屋台の屋根の梁に端末miniを磁石で貼り付け、下に札を吊るす。

 《パン屋:在庫→硬パン 34/柔パン 12/余剰粉 2袋》

 《貸与→救済パン(半切)×40(昼まで)》《条件→1人1/返却=なし/食べたら感想を一言》

 親父が眉をひそめた。「感想?」

 「**返せないなら、街に返す“言葉”を。**美味ければ次も買う、まずければ配合を変える。数字の口だ」


 魚屋は、氷の上で魚の背を軽く叩いて言った。「うちは?」

 《魚屋:在庫→塩干 8/鮮魚(夜明け) 15》《貸与→魚粉パック(小)×50/パン屋・薬屋連動》

 「煮出して魚粥に回す。端末が**“足りない屋台へ”**の矢印を出す。矢印に従って渡せば、請求はこっちに自動で立つ」

 「楽でいいね」女将が笑う。「帳面書きで夜更かししないで済む」


 薬屋は乾いた指で端末を撫でた。

《薬屋:在庫→薬草粉(薄) 30/止血布 15/胃薬 12》《貸与→粥袋セット(薄塩)×60》

 「胃薬は貸与じゃ回らない。請求で返しづらい」

 「公共善。無償に切り替える。寄付のラインを開く」

 《寄付口:薬屋→胃薬へ(小銭・労務)》

 薬屋の目が柔らかくなる。「あんた、貸してばっかりじゃないんだね」

 「返せない時に返せとは言わない。返せるものを返せる時に返してもらう」


 端末miniは、点となって市場の梁と屋根に灯り始める。

 《市場:同期率 0.22→0.41→0.63》

 《矢印:魚屋→パン屋→薬屋→診療所→戻り》

 《KPI(市場版):滞留在庫→-18%(予測)/待ち時間→-24%(予測)》

 数字は素直に軽くなっていく。

 ……そこへ、空気の重さが変わった。


 叫びは、象徴的に遅れてやってきた。

 「食い物を買い占められた!」

 「魚、全部!」「パンも!」「薬屋の粥袋が――!」

 群衆が一方向へ雪崩れ、木箱が倒れ、縄がちぎれ、人が押し合う。

 「やめろ! 列を――」「子どもが!」「返せ!」

 空気の端に、香油の匂い。商会残党が、また火をつけに来た。


 「止める」

 俺は端末miniの全体設定を開いた。

 《市場モード:一人一パック》

 《出庫:食料一日パック(パン半切+魚粉粥袋+水袋小)》

 《条件:1人1/端末に手を置く→印字札/貸与ではなく配布(在庫減少)/二重取り検出(掌紋・声紋)→警告》

 「列を作る! 一人一つ! 端末に手を置いて、札を受け取れ!」

 群衆の中をリナが走る。短剣の柄で空気だけを叩き、列を割って範囲を作る。

 「押さない! 一口はみんなで分ける!」

 子どもが端末に手を置く。小さな掌に温い感触。

 《印字:一日パック/No.00438/ありがとうのことば欄》

 「ありがとう、って書くの?」

 「書きたい人だけ書く。書けない人は言葉でいい」

 女将が札を受け取り、魚粉粥袋とパン半切と水袋小を抱える。

 「地味スキルが、腹を満たした!」

 誰かが叫び、笑いが起き、安堵が伝染する。

 「わたしも書く――“塩加減ちょうど”」

 「“魚粉の香りがうちの子は好き”」

 「“また明日もある?”」

 「ある。――あるように回す」

 俺は数字で答え、端末に矢印を増やした。


 《市場KPI:混乱度→低下/配布速度→安定/在庫推移→一日パック残 312/二重取り検出→3(注意)》

 群衆の角が丸くなり、声の高さが下がり、人が食べる速度に街が同期していく。

 買い占めは、仕組みで止まる。


 端で、残党のひとりが舌打ちをして路地へ消えた。香油の匂いは、退路の方向を教える。


 市場の喧騒が「いつもの音」に戻った、短い静けさ。

 俺はベンチに腰をおろし、水袋をひと口だけ飲む。

 「カガミ」

 リナが隣りに座った。髪に魚粉の粉が一筋ついている。

 「取るよ」

 「いい。必要の順位では最下位」

 「じゃあ、二番目に上がったら取る」

 彼女はしばらく黙って、指で靴の砂を払っていた。

 「……王都を敵に回して、勝てるの?」

 その言い方は、剣の刃先ではなく、布のほつれだった。

 俺は水袋を彼女に渡し、視線を市場の端に落とした。

 「勝たなくていい」

 「え?」

 「食わせて、治して、照らせば、街は負けない。王都が何を言っても、腹が満ち、傷が塞がり、夜が明るいなら、負けの定義が変わる」

 リナの目が、少しだけ明るくなる。

 「あなた、たまに格好いい」

「たまにでいい」

 「たまに、を増やす。要だし」

 「増やすのは在庫」

 「どっちも増やす」


 彼女は水を一口飲んで立ち上がり、尾を引くように笑った。

 「夕方、町内会の見回り。端末miniの見張りもつけとく」

 「頼む」


 夕暮れが市場の布屋根を銅色に染めたころ、黒塗りの馬車の影が路地をひとつ先で止まった。

 セラは別件で市長室に向かい、俺は小倉の棚卸しを回していた。

 そのとき――リナは、路地の瓦の上にいた。


 屋根瓦は昼の熱を残している。

 リナは身を伏せ、梁の影に溶け込む。

 下の中庭には商会屋敷の中門。香油の匂いが濃く、庭木は整いすぎている。

 「――来たな」

 財務院の使者が馬車から降り、ヴァルスが猫のような足取りで迎える。

 月はまだ薄く、音はよく通る。


 「書面の返答は三日後と記したが、形はどうとでもなる」

 使者の声は乾いている。

「街を内から割れ。王都軍はすでに動いている。門が開けば、査収は“正当な執行”になる」

 ヴァルスが低く笑う。「割る方法は、いくらでも。――食い物さえ止まれば、連中は倉に牙をむく」

 「止め方を間違えるな。王都の正義に寄せろ」

 「心得ている。数字で殴ってきたなら、数字で潰してやる」


 瓦の上のリナは歯を噛んだ。

 (やっぱり――)

 彼らの声は、街の骨を折る気配を帯びている。

 (カガミに――)

 その瞬間、首筋に冷たい風。

 屋根の縁、夜目に白い布。

 僧衣。


 「こんばんは。リナ」

 柔らかく、よく通る声。

 屋根の上に僧侶が立っていた。元勇者パーティの僧侶。

 気配は水のように静かで、目は冬のように冷たい。

 右手には、短剣。

 「話をしに来た――と言えば、信じる?」

 「刃、出してる人の話は、信じない主義」

 「じゃあ、短く」

 僧侶は短剣の先を、リナの喉の前で止めた。

 「鍵を渡しなさい。あなたの街を助ける最短の方法だ」


 瓦の下で、商会屋敷の扉が閉まる音。

 空はさらに暗く、風はさらに冷たい。

 ――数字では測れない刃が、夜の上に一本、立った。


 同じころ、市場の端では、端末miniの札が静かに点滅していた。

 《市場KPI:滞留在庫→-21%/一日パック→残 181/粥袋→残 43》

 《警告:屋根上・金属反射》

 俺はそれを見て、短く息を吸った。

 屋根。

 風。

 冷たさ。

 (リナ――)


 走り出す足に、在庫は要らない。

 だが、要は必要だ。


 王都の印は、紙の上にあるあいだは脅しだ。

 街の上に降りれば、査収だ。

 それを止めるのは、剣か、数字か、意思か。

 答えは夜の上で、刃と刃の間にあり、札と札の間にあり、腹と腹の間にある。


 ――奪われる前に、街のものにする。

 その作業は、もう始まっている。

 屋台ごとの札が点り、在庫の矢印が動き、一日パックが腹に落ち、言葉が返ってくる。

 「おいしかった」

 「明日も来る」

 数字の口は、街の喉を潤す。


 屋根の上、短剣の先で言葉が止まる。

 「鍵を渡しなさい」

 リナの唇が、笑いと怒りの中間で止まった。


(つづく)


※ここまで読んでくださってありがとうございます!少しでも面白かったら、ブクマ&⭐評価&感想が次の補給になります。次回「僧侶の刃と、貸与の楔」――夜の屋根で交わる“鍵”と“請求”。街は数字で、彼らは刃で、そして私たちは意思で、抗います。

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