第11話「財務院からの請求書」
夜明けの倉の奥に、それは届いていた。
白布を裂くような冷たい通知。
《差出人:王都財務院》
《内容:一行》
「《大倉》の原初機能、開示せよ」
短い。だからこそ重い。
その文字は、在庫を並べる棚板の隙間から、街全体に冷気を吹き込むようだった。
「拒めば、街ごと査収対象になる」
白外套を翻したセラが、静かに告げた。
灰色の瞳は揺れない。ただ淡々と、王都の規律を口にする。
「査収対象……ってのは?」リナが眉を寄せる。
「王都の徴発部が来る。街の資産を、倉も含めてすべて没収し、住民は従属区へ移送される。抵抗すれば……」
彼女は言葉を切った。続きは誰もが想像できる。
俺は即答できなかった。
《倉庫》の奥で、“鍵穴”は静かに回転を続けている。だが今ここで口にすれば、街の心臓を王都に差し出すことになる。
その日の昼、広場に人々が集まった。
「請求って何だ?」
「王都が何を奪うって?」
「倉は俺らの命をつないだんだぞ」
群衆のざわめきは石畳を震わせる。
俺は閲覧台の前に立ち、《倉庫》を投影した。
《貸与》──道具や食糧を借り、期限が来れば返す仕組み。
《請求》──返さなかった場合、等価の労務や物資で補う仕組み。
「これは街を回すために作った仕組みだ。王都はこれを“物流システム”として取り上げ、自分たちのものにしようとしている」
「じゃあ、俺らは?」
「数字を選べなくなる」
「在庫を決めるのは王都か?」
「……そうだ」
群衆に動揺が走った。
だがその時、広場の外で耳を裂くような悲鳴があがった。
「魔獣だ! 門を抜けた!」
駆け込んできた少年の背後から、黒い影が躍り出る。
犬型、甲殻、尾の長い獣が石畳を爪で割りながら広場へ雪崩れ込んだ。
「どうして街中に……」
セラが顔を上げた瞬間、俺は理解した。
外壁の外で、油と腐肉の臭いが風に乗っていた。
「……商会の残党だ。餌で誘導した」
「カガミ!」リナが剣を抜いて叫ぶ。
俺はすでに《倉庫》の新棚を叩いていた。
《初展開:携帯防壁ユニット》
《仕様:腰高・光壁発生・耐久 15分》
《出庫数:12/配置提案=街路交差点》
光の板が地面から立ち上がり、狭い街路を塞いだ。
「下がれ! ここを越えさせるな!」
魔獣が体当たりを仕掛ける。だが光の板はわずかに震えるだけで揺るがない。
リナは最前線に躍り出て、短剣で影を裂いた。
「あなたの仕組みは、剣より速い!」
彼女の声が火花と血飛沫に混じって広場に響く。
光壁の後ろで、俺は物資の補給線を走らせた。
《貸与:矢(軽量型)→北列》
《包帯キット(滅菌水付)→救護所》
《火瓶(短時間燃焼)→南側》
数字が刻む動線に従い、住民たちが自発的に動き始める。
獣たちは壁に阻まれ、リナの刃と弓列の矢に沈んでいく。
やがて最後の影が光壁に爪を立て、断末魔を残して崩れ落ちた。
光壁はゆっくりと消え、街路に煙の筋だけが残った。
人々の安堵の吐息が広がる中、重い車輪の音が近づいてきた。
黒塗りの馬車。旗竿には王都財務院の紋章。
扉が開き、冷徹な顔の使者が降り立つ。
「三日後までに返答せよ」
布告を読み上げる声は一切の揺らぎを持たない。
俺の手の中の《請求書》を裏返すと、そこには深紅の印が押されていた。
王都監獄印。
期限を破れば――強制執行。
街の命運は、再び数字と意思で選ばれる時に入った。




