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悪役令嬢、民衆のハートを誤爆する

「さあ、現場主義と改革精神の融合よ! 庶民街へ、出陣!」


朝陽を背に、私は気合い十分で馬車の扉を開いた。


今日の目的地は、王都南部の市民市場区。改革による実地成果を確認し、庶民たちの声を聞くためである。


「まさか貴族が自ら街に降りるとは……それも、悪役令嬢が」


付き従うクラリスが半ば呆れたように呟く。


「クラリス、私たち悪役令嬢に必要なのは、民衆の信頼。華麗に社交界を突破した次は、民心掌握よ!」


「それ、完全にラスボスの台詞ですわよ……」


「いいのよ、実際そうなんだから」


民衆に嫌われてこその悪役令嬢。


けれど私の目指すのは、好かれずとも信頼される悪役令嬢だ。


――そんなわけで、今日のドレスは控えめなグレーのワンピース。


刺繍も最低限、袖も実務用。活動的で知的な庶民フレンドリー悪役令嬢スタイルである。


(恋愛フラグ? 本日もゼロ宣言!)




市場区に足を踏み入れると、さっそく周囲がざわついた。


「え、あの人って……貴族?」


「エルフォード家の娘じゃねぇか? 最近、文官組織をぶっ潰したって噂の」


「なんでこんなとこに……見物か?」


「違います!」


私はくるりと振り返って宣言した。


「私は見物ではなく、視察に参りました。この市場が改革の影響をどう受けているかを把握したくて」


群衆の中に、一瞬、ざわめきと戸惑いが広がる。


「……嘘じゃねぇのか?」


「貴族が、俺ら庶民の話を聞くってのか?」


私は堂々と歩み寄り、老舗パン屋の主人に声をかけた。


「こちらの売上、昨年と比較してどうですか? 値上げ傾向や需要変動、税制度改革による影響などあれば教えてください」


「え? えっと……客は増えてるな、確かに。でも、小麦粉の卸価格が下がったのが一番で……」


「それは政策効果です。王国商会との輸送ルート契約が功を奏した形ですね。素晴らしい傾向です」


「す、すげぇ……なんか、経済の人だ……!」


(ええ、恋愛などせず、政策と数字に生きてきましたので!)




さらに市場を進むと、子どもたちが私の後ろからひょこひょこ付いてくる。


「ねぇ、あのお姉さん、ほんとにえらい人なの?」


「なんか、きれいなのに話がこわくないよねー!」


「悪役って聞いたけど、ぜんぜん悪いことしないよ?」


私はひざを折って、視線を合わせた。


「悪役っていうのはね、本当は『物語を動かすための役割』って意味なのよ。私は世界を動かしたくて悪役をやってるの」


「すごーい! じゃあ、お姉さんって、ほんとは主人公?」


「ちがうわ。恋愛しない系主人公を脇から支えるスーパーヒロインよ」


(違うけど、なんか言ってて楽しくなってきた……)




そんなほのぼのタイムの最中――


突如、目の前に一人の青年が現れた。


「ふむ。話は聞いていたが、本当に来ていたのか。悪役令嬢殿」


淡い灰金の髪。深緑の瞳。


威圧感のない落ち着いた空気を纏いながらも、瞳は鋭く、本質を見抜くような目をしている。


「あなたは?」


「フィリク・アルベルト。侯爵家の次男であり、政治経済学を王立学院で修めた者だ」


(……また新キャラ!?)


彼は静かに、しかし鋭く続けた。


「君の改革は一見民衆のためのように見える。だが、税制と市場バランスを崩せば、いずれ均衡は崩れる。持続性が疑問だ」


「……見識はあるようね。でも、私は理論よりも現実の結果を重視しているの」


「現実とは常に短期的な恩恵に目を奪われるものだ。君はその先に何を見る?」


「選択肢よ」


私は、フィリクを真正面から見返した。


「民に与えるのは正義でも理想でもない。自ら選び、歩ける自由。それが改革の本質」


沈黙。


だが、フィリクはわずかに口角を上げた。


「……面白い。君、俺の論文の反論に値するかもしれないな」


「褒めてるの? それとも喧嘩売ってるの?」


「どちらかと言えば、口説いている」


「即フラグ粉砕。建て直し禁止」


子どもたちの背後から「こくはく!?」と声が上がる。


やめなさい。違うから。あれは知的好奇心であり恋愛じゃないの!


「俺は君の考えをもっと聞いてみたい。いずれ、討論という形で再会しよう」


「いいわ。私の計画表、恋愛フリーだから時間はあるし」


「……恋愛フリーという表現は、なかなかに孤独を滲ませるね」


「余計なお世話!」


(この男、嫌いじゃないけど今じゃない。絶対に今じゃない)




その後、私は市民からの要望を集約し、即座に改良案を作成。


その場で、庶民向け懇談会の開催を決定し、改革方針の周知を図る。


庶民たちは口々に言った。


「おい、なんかこの悪役令嬢、話通じるぞ……!」


「改革ってこういう人がやってるのかよ。応援するぜ!」


「かっこいい……おれ、将来あの人と結婚したい!」


(最後のは誰よ!? 年齢差を考えなさい!)


でも、確かに今――


庶民の信頼が、少しずつ悪役令嬢に向かっているのを感じた。




その夜。執務室に戻った私は、ひとり机に座っていた。


(はぁ……今日は本当に、疲れた)


視察、対話、資料整理、そして突発フラグ爆弾への対処。


どれも全力で駆け抜けた一日だった。


だが、手帳を開いたとき、私は気づく。


(私、今、すごく生きてる気がする……)


恋愛をしないって決めたはずなのに。


人と関わることで、こうして心が満ちていく。


(……でも、これは恋じゃない。違う)


私は心に言い聞かせた。


これは、改革に燃える情熱。


世界を変えようとする悪役令嬢の使命感なのだ――!


次回、街に残された、もう一つの火種が明らかに。


庶民の支持を得たリディアに立ちはだかるのは、改革を快く思わない者たち――!?




====




「……なんだこの張り紙は?」


翌朝、王都南部市場区の掲示板に集まった市民たちは、張られた一枚の文書を見てざわめいた。


『エルフォード令嬢の改革は見せかけに過ぎない。庶民の善意を利用し、貴族の権威を高めようとしている』

――名もなき憂国の者より


「誰だこんなの貼ったの……?」


「令嬢が来てくれたの、嬉しかったのに」


「こんなの信じねぇよ!」


けれど、言葉とは裏腹に、不安が波紋のように広がっていく。


(……予想より早い。反発勢力の動きが)


私はその報せを受け、早々に現地へと向かった。


掲示板前にはすでに人だかり。そして、その中心にあの男がいた。


「フィリク・アルベルト……!」


「よう、悪役令嬢。どうやら火種は予想より大きいようだな」


彼は淡々と、掲示を剥がしながら言った。


「一部の貴族層が動き出している。庶民に支持される悪役令嬢という構図が、彼らにとって脅威らしい」


「当然でしょうね。彼らが一番恐れるのは、貴族でありながら民と繋がる者」


「このままだと、君は革命家扱いされるぞ?」


「上等よ。私は恋愛より改革が本命なの」


私は群衆の前に立ち、声を張り上げた。


「皆さん、これを見てください!」


そう言って、私は今朝まとめた市場の価格推移表と、税率改正後の収支シミュレーションを掲げた。


「私は数字で語ります。改革が誰のためにあるのか、疑念があるならこの場で確かめてください!」


ざわめきの中、ひとりの老婆が声を上げた。


「……うちは店賃が下がったよ。こないだ手紙で相談したら、すぐ対応してくれた」


「あたしのとこも! 子どもの医療費、減ったの!」


「俺は見たぞ、令嬢がパン屋の主人と真剣に話してるの」


次々に実体験の声があがる。


その空気に押されるように、ひとりの少年が前に出た。


「ぼ、ぼくも……! 令嬢がね、自分で未来を選んでいいんだよって言ってくれた!」


「…………」


不思議な静寂があたりを包む。


私はゆっくり、膝をついて少年の目線に合わせた。


「あなたが選ぶ未来を、私は後押ししたい。だから、どうかその勇気を誇って」


「うん!」


拍手が起こった。


それは徐々に広がり、大きな歓声と変わっていく。


(……これが、恋愛じゃない人とのつながり)


あたたかな信頼。敬意。希望。


それが胸の奥で、小さく、でも確かに灯る。


でも、それと恋は違う。私は、絶対に、恋なんて――


「令嬢!」


市場の奥から、兵士が駆けてきた。


「反対派が、市民集会の開催場を封鎖しました! 暴動を煽る気配があります!」


「なに……!?」


クラリスが顔を強張らせる。


「リディア様、危険です。すぐに王宮へ退避を――」


「いいえ。行くわ。私の改革がきっかけで起きた混乱。なら、私が収める」


私は走り出した。




集会場前には、鎧を着た私設兵たちと、それに怒る庶民たち。


緊張は今にも爆発しそうだった。


「退け! ここは王都が認可した広場だ!」


「違う、これは王政改革を口実にした洗脳だ!」


「彼女は悪役令嬢だろう!? 信じるに足るか!」


――その場に、私の声が響いた。


「悪役は物語の進行役。なら、私は物語を前へ進めるわ」


場が静まる。私は高台へ登り、全員を見渡す。


「貴族だから、信用できない? 確かにその通り。だから私は、誓う」


私は懐から、小さな冊子を取り出した。


「これは市民との協約書案。庶民の声を政策に反映するための、公式な仕組みです!」


「ほ、本気か……?」


「文字で、仕組みで、未来をつくる。そのために私は感情ではなく契約で信頼を築きたい」


「……カッコよすぎかよ……」


「推せる……!」


「令嬢、俺たち、あんたについてくぜ!」


――怒りの熱が、歓喜の熱へと変わっていく。


いつしか私設兵たちは退き、場には庶民の声だけが響いていた。


(これで……民衆の信頼は、盤石。フラグを建てず、社会を動かす。勝利、確定!)


だが――


その背後から、静かに現れる一人の男。


「……やはり、君は厄介だ。リディア・エルフォード」


(誰……?)


「僕はロイ・ヴィセル。宰相直属の監査役。君の行動を危険思想と判断し、監視対象とする」


「は……?」


クラリスが息を呑む。


「ロイ・ヴィセル……まさか、改革派最大の抑止機関……!」


ロイの瞳は冷たく、まるで機械のようだった。


「恋愛を拒み、感情を制御し、民意を武器にする。君は改革の異端だ。これは王政の均衡を乱す」


「……それでも私は、信じているの。愛ではなく、行動が世界を変えることを」


「ならば証明してもらおう。君の正しさを、監査の目に晒して」


その瞬間、私の周囲に張られる結界。


「これは……魔力封鎖!? 公共空間で何を――!」


「正式な手続きによる一時拘束。反乱の兆候ありと判断して」


(くっ……これは……!)


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