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悪役令嬢、社交界に殴り込む

「令嬢、ドレスのご用意が整いましたわ」


「……それ、罠よね」


リディア・エルフォード――すなわち、私――は、鏡の前に座りながら憮然としていた。


メイドのクラリスが手にしていたのは、純白に銀刺繍を施した「如何にも令嬢」なドレス。背中はざっくり開き、肩も透けていて戦闘用ではない。


「令嬢の婚活戦場である社交界デビューには、ふさわしいかと……」


「やめなさい。婚活って言葉、なんかもう不吉な響きしかしないから」


「でも、王太子殿下のお召しでしょ? 行かないという選択肢はありませんよ?」


「それが問題なのよ……!」


――きっかけは、数日前。


文官組織の査察を終えた私に、ユリウスから王命に近い招待状が届いた。


『近日開催の貴族社交晩餐会に、リディア・エルフォード嬢を正式にご招待いたします。改革の功績を評価し、国王陛下にお引き合わせする機会といたしたく』


(……明らかに、政治利用する気満々じゃないの)


もちろん私は恋愛する気など毛頭ない。

でも、王命に背けば貴族としての立場を危うくする。つまり、


(これは、恋愛フラグを含む罠付き外交イベント……!)


まったくもって、攻略対象たちはなぜ私を自由にさせてくれないのだろう。


それでも――


「私は悪役令嬢。社交界にだって、啖呵切って乗り込んでやるわよ」


私は立ち上がり、ドレスの裾を翻す。


「攻略対象がどれだけ出揃っていようと、恋愛しない主義は貫く!」


「令嬢、そろそろフラグ粉砕令嬢という別名が必要かと……」


「むしろ公式称号にしたいくらいよ!」




その夜、王宮の大広間。


煌びやかな灯りの中、貴族たちが優雅にグラスを傾ける中――


「おお、あれがエルフォード侯爵令嬢か」


「この間の査察騒動の張本人らしいな」


「気の強い令嬢らしいが……見た目は実に華やかだ」


小声のざわめきが、場に広がっていく。


(完全に注目の的ね。ありがたくないわ……)


私が会場に入った瞬間、視線が一斉に向けられるのを感じた。


ドレスは完全武装ではないが、それでも戦場には変わりない。


「リディア嬢。お越しいただき感謝します」


現れたのは、王太子ユリウス。


白の軍礼服に金刺繍のマントを羽織ったその姿は、絵画のように完璧。


「今夜は、国王陛下もご出席です。近くご挨拶をお願いします」


「ええ、承知しました……ですが、恋愛の話題はお控えください。命に関わりますので」


「……誰の?」


「私の心の安全保障に関わります」


ユリウスは少しだけ微笑んだ。


「では、恋愛以外の話題を用意しておこう――婚約の件などどうだ?」


「フラグ死刑!!!!!」


「冗談だよ。けれど――君の覚悟は、今夜、多くの貴族の目に晒されるだろうね」


(ユリウス、完全に狙ってる……けど私も負ける気はない!)




しばらくして、パーティーが本格化すると、定番イベントが始まった。


――ダンス。


「リディア嬢。よろしければ、一曲お相手を」


騎士カミルが、白手袋の手を差し出してきた。


「……断るわ。恋愛フラグは踊りとともに芽吹くものよ」


「それでも。私は君と、ただ一人の騎士として踊りたいだけだ」


(きた……! 騎士らしい誠実系フラグ……!)


彼の青い瞳は真っ直ぐで、裏も駆け引きもない。


誠実さが、そのまま好感度になっていく――そんな危険な存在。


「わ、私はあなたの忠誠心はありがたいと思ってる。でもそれは――」


「恋ではない。そう言いたいのだろう?」


「っ……ええ、そうよ」


カミルはゆっくりと手を引っ込め、しかし微笑んだ。


「それでも、私の気持ちは変わらない。恋であっても、なくても。あなたを守ると誓った――ただそれだけです」


(……くっっっそ、かっこいい……!!!)


だめ、心揺らいでる! このままじゃダメ!


「こ、今回だけは見逃すけど、次はバリケード建ててでも断るから!」


(言ってることがもう乙女ゲームの主人公みたいになってるじゃないの私……!)




さらに追い打ちをかけるように、アレンが現れた。


「ダンスフロアは諦めたけど、君に挨拶するくらいの権利はあるだろ?」


「なんなの? 今夜は攻略対象たちの見本市なの?」


「いや、攻略回避対象たちの行進だろう」


「どっちもイヤよ!」


アレンはグラスを揺らしながら、静かに告げた。


「この国の改革を進めるには、君の存在が不可欠になってきている。だから今夜は顔を売っておくべきだ。君を敵視しない層にね」


「……理解はしてるわ。でも、怖いのよ」


「何が?」


「わかってくれる人が増えると、私の主義が揺らぐから」


アレンは、微笑まずに言った。


「揺らいだっていい。君はそれだけのことをしてきたんだ。変わることも、立派な改革だ」


(……アレン……)


だめだ、また揺らぎかけてる。


こういう夜は、空気が甘くなる。ダンス、笑顔、ワイン、光――

全部が恋愛を演出するための舞台装置みたいに思える。


でも、私は負けない。


「悪役令嬢はね、恋愛に溺れた時点でゲームオーバーなのよ。私は、この世界で生き抜くって決めたの!」


(誰のルートにも乗らず、自分の道を歩く。絶対に!)


その瞳は、まるで断崖の上に立つ剣士のように鋭く、美しかった――と、後に語り継がれることになるのだった。



====



社交パーティーの喧騒がやや落ち着いたころ――


私は、王太子ユリウスの案内で、謁見の間へと足を踏み入れた。


「エルフォード侯爵令嬢、リディア・エルフォード。国王陛下に拝謁を賜ります」


ひざまずき、頭を下げる。宮廷の儀礼は完璧。礼儀作法の授業で唯一、A評価を取った私に死角はない。


玉座に座るのは、国王レグナード三世。銀髪に蒼眼。堂々とした威厳に満ちた老人だ。


「顔を上げよ、令嬢」


「はっ。ありがとうございます、陛下」


「そなたが、文官組織の腐敗を暴き出したと聞く……年若き娘にしては、過ぎた手腕であるな」


「恐れながら、悪役令嬢はいつだって非常識なものです」


玉座の間に、わずかな笑いが走る。


「面白い……ユリウスよ、この娘の素質はどうだ?」


「恐ろしいほど優秀です。民の利を最優先に、情に流されず、理で切り込む。まさに――『剣』のような存在です」


「ふむ。まさか、恋に溺れぬ女とは、そなたの婚約者にこそ相応しいのではないか?」


(え、ちょ、なんか話が変な方向に――!?)


ユリウスが苦笑を浮かべる。


「その件については、本人が断固拒否の姿勢でして」


「……ほう」


国王は興味深そうに私を見た。


「お前は愛の告白より、予算審査報告書の方が喜ばしいというのか?」


「はい。報告書には、計画・実行・結果という明確な構造がありますが、恋愛にはフラグとバグしか存在しませんので」


「……愉快な娘だ」


国王は盛大に笑い、重く厳しい空気がやわらいだ。


(ふぅ……最大級のフラグ爆弾、無傷で回避成功)


「そなたの働き、しかと見届けた。今後、改革の進言役として、正式に王宮顧問の任を与えよう」


「……はっ!」


私の胸に、ひとつの確信が生まれた。


(これで、恋愛フラグより、政策フラグの方が先行する世界線になった!)


――だが、帰路に就こうとしたその時。


一人の貴族令嬢が、私の前に立ちはだかった。


「まぁ、あなたがあのエルフォード令嬢? 随分と生意気だと噂を聞いておりますけれど」


その声には、明らかな棘があった。


(でた。典型的な社交界モブ貴族A。ルート外だけどややこしい存在……!)


「失礼ながら、どちら様?」


「クランベルク侯爵家の長女、シルヴィアです。王太子殿下とは昔からのご縁がありまして」


(……うわ、完全に対抗馬ポジション)


「リディア嬢。あなた、恋愛をしないと公言していらっしゃるそうですが――それって、逃げではありませんこと?」


「いいえ、合理的判断です。恋愛には戦略性がありません。私は未来に対する責任を重んじますので」


「ふふっ……それで、王太子殿下から寵愛を受けていると?」


(待て。それを寵愛って言うな、フラグ感が跳ね上がるから!)


私は即座に切り返した。


「殿下との関係は、政策執行上の協力に過ぎません。誤解されるような感情の交差は一切存在しないと断言できます」


「……強がりにしか聞こえませんわ」


(この令嬢、もしや恋愛ルートで私の敵役になるはずだったキャラ!?)


「ご忠告感謝します。でも私は正ヒロインになるつもりも、奪われる役になるつもりもありません。私は、悪役令嬢ですので」


そう言って私は踵を返した。


シルヴィアの視線を背中に感じながら、堂々と会場を後にする。




その夜、王宮からの帰路。


馬車の中で私は深くため息をついた。


(ふぅ……ひとまず、今日のフラグ群はすべて無力化……のはず)


だが――


「恋愛をしないと誓っても、感情が芽生えない保証にはならない」


アレンの言葉。


「たとえ恋でなくても、君を守ると誓った」


カミルの誓い。


「君となら、世界を変えられる気がする」


ユリウスの笑み。


(……やめて。どれも、ちょっとずつ心に残るのやめて……!)


私は頭を振った。


「絶対に、恋なんてしない。私は私の道を行くんだから……!」


馬車は夜の街を走り抜けていく。


背後には、いくつもの未遂フラグの残滓が漂っていた。


でも私はまだ負けてない。


次こそ、恋愛以外の熱意を武器に、新たな戦場に挑むのだ。


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