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悪役令嬢、裏切りと密告の渦中へ

「これは……」


クラリスが手にする密書に、私は静かに目を落とした。


『エルフォード家当主令嬢、リディア・エルフォードは、改革の名のもとに王権簒奪を目論んでいる――』


「ついに来たわね、密告文」


貴族制度の審査導入が可決されて数日。私の周囲では、静かに火種が広がっていた。改革に不満を抱く旧貴族派の中から、ついに「粛清」の動きが表面化したのだ。


「この文、発信源は王城の中枢です。おそらく……」


「裏切り者がいるわね。内部の誰か――それも、近い人間」


私は視線を落としたまま、冷静に言い切った。


(そしてこれは、単なる嫌がらせではない。私を制度から排除するための工作。今度は理屈ではなく、反逆罪という最大級の罪で潰しにかかってきた)



「ごきげんよう、リディア様」


翌日、宮廷内。控室で待っていたのは、アレン・リースフェルトだった。


「貴族議会に内部告発が届いた件、知っております」


「情報が早いのね」


「……それが、私の役目ですから。父――宰相からも、『手を引け』と言われています」


「やめるの?」


「いいえ。あなたは恋愛フラグを回避している最中でしょう。私はその意志を尊重します。だから、ただの政務仲間として、あなたの味方でいたい」


「……優しいのね。余計に距離を置きたくなるわ」


ふ、とアレンが微笑んだ。


「それでこそ、リディア様ですね」




私は動き出した。告発の出どころを探るため、信頼できる者に極秘の調査を依頼した。


「クラリス、接触のある補佐官や秘書官の動向を洗って。特に最近昇進した者と急に発言力を持ち始めた者」


「承知しました」


そして――三日後。


「……リディア様。出ました。密告の出どころ、王宮政務局のナンバー2、アルベルト補佐官です」


「彼が……?」


「ええ。最近急に発言権を得て、グラント伯爵派と密会していた形跡もあります。加えて、ある人物に定期的に報告書を送っていると」


「誰に?」


「――ユリウス殿下です」


「……なるほど」


私は無表情を装いながら、内心で冷たい火が灯るのを感じていた。


(これは、王位継承を巡る駆け引きかもしれない。私を排除すれば、殿下の側近たちは自由に制度を操れる。殿下本人の意志とは別に、側近が動いている)




その夜。ユリウス殿下に直接、面会を求めた。


「この件について、あなたはご存じですか?」


私は密告文を手にしたまま、ストレートに問う。


「知らなかった。しかし……私の補佐官が関わっていたのなら、責任は私にある」


「私が問いたいのは、責任ではありません。意思です」


「私が望んでいたのは、制度改革と王国の安定。あなたが進める政策が、それを揺るがすと思った者たちが、勝手に動いたのだと……信じたい」


「甘いですね、殿下」


私は冷たく言い放った。


「王政が曖昧な意思に支配される限り、私はあなたと未来を共有できません。私情で排除を狙うなら、私は制度の名であなたを告発します」


「それがあなたのやり方か」


「それが、私という悪役令嬢の信念です」


殿下は何も言わなかった。ただその目には、寂しさと――ほんのわずかな覚悟のようなものが宿っていた。




翌日。


王都中にある情報が流れる。


『エルフォード家、宰相家、複数の貴族家における財務不正、権限の濫用が疑われる。貴族査定制度の見直しへ向けて、新たな調査委員会が設立される』


「これって……!」


クラリスが叫ぶ。


「ええ。ユリウス殿下が動いたの。アルベルト補佐官を更迭し、制度に従った査定を進めると発表したわ」


「つまり……味方に?」


「分からない。でも、制度を壊さない範囲で動くと、彼は選んだ。それで十分。恋愛は不要、でも同志としてなら、まだ共に進める」




その夜。


私は誰もいない宮廷の庭で、ふと立ち止まった。


(裏切りも、密告も、脅しも乗り越えた。けれど、何かが静かに崩れていく気がする)


胸を押さえると、微かな痛みが走った。


「……まさかね。これはただの疲れ。恋じゃない」


だがその痛みは、じわりと胸の奥に残り続けていた。



====



「やはりあなたが――黒幕でしたか」


私は、その男をまっすぐに見据えていた。王宮の政務局第三室。かつて私が数多くの提案を練り上げたこの部屋で、私を罠にかけようとした者と対峙する。


アルベルト・ヴァイン。ユリウス殿下の側近にして、王政保守派と密かに繋がっていた影の策士。


「改革は王権の弱体化だ。殿下の将来を思えば、あなたのような恋をしない悪役令嬢など、排除すべき障害です」


「……それは、殿下の意志ですか?」


「否。殿下はあなたに期待しすぎている。感情で判断するには、あまりにも危ういお方だ」


アルベルトは吐き捨てるように言った。


「だから私が動いた。告発文も、証拠の操作も、すべてはこの国の正しい王政を守るためだ」


「――あなたの正しさは、誰が決めたのかしら?」


私はゆっくりと机に手を置いた。


「制度は人の正義に左右されてはならない。だからこそ、私は恋愛をしないと誓った。誰かに肩入れするような、不安定な情を持ち込まないために」


「冷たい女だ……」


「そう、私は冷たい悪役令嬢。でも、だからこそこの国の未来を見ている」


私は小さな紙を一枚取り出し、机に滑らせた。


「これがあなたが関与した財務改ざんの記録です。複数の査定担当者が記録を残してくれたわ」


アルベルトの顔が凍りつく。


「……査定制度が、ここまで機能するとは」


「ええ。皮肉ね。あなたが最も恐れていた制度によって、あなたが裁かれるのよ」




――数日後、アルベルトは公的に罷免され、王政における不正関与が公表された。


「これで……一応の決着かしら」


私は王宮の廊下を歩きながら、深く息をついた。


「ですが」


声がした。


振り向けば、アレンがいた。


「今度の件で、貴族派の反発はさらに激化するでしょう。王政と制度改革の分離を叫ぶ声も強くなっています」


「分かっているわ……でも、やるしかない」


私は前を見据える。


「制度は誰かのものじゃない。王でも、貴族でも、ましてや私でもない。万人のものだからこそ、恋愛よりも強く尊い」


アレンが少し寂しげに笑った。


「それでも、誰かがあなたを本気で好きになったら、どうしますか?」


「そのときは、相手のフラグを全力で回避するわ」


「ええ、分かっています。けれど、私はまだ諦めません」


そう言って、彼は静かに去っていった。




――その夜。王宮の中庭。


「リディア」


呼びかけに振り向くと、ユリウス殿下が立っていた。


「アルベルトの件、すまなかった。私が目を逸らしていた」


「いいえ。あなた自身が気づき決断した。それだけで十分です」


「……本当に、私はあなたに助けられてばかりだ」


「なら、もっと制度に従ってください」


ユリウスは少し笑い、近づいてきた。


「あなたが、恋愛をしないと宣言するたび、私は少し安心する。でも、それと同時に、ほんの少し傷つく」


「……だから言ったでしょう。恋愛フラグは立てないでって」


「それでも、私はあなたを好きになる権利があると思っている」


「……」


「でも、あなたがそれを受け取らない限り、私は動かない。ただ、隣に立ち続けたい。それだけです」


私はその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


(違う。これは恋じゃない。ただの感謝。ただの……感情の揺れ)


「なら、どうか立ち止まらないで。私は恋愛よりも制度を選ぶ。それを知っていても隣にいるなら……どうぞ、お好きに」


ユリウスは静かに頷いた。




後日。


リディア・エルフォードが起草した貴族査定の定期見直し制度は、王国全土で施行されることが決定した。


貴族制の根幹が、ついに責任という名の下に評価される時代が来た。


だが、それは同時に――敵がさらに増えることも意味していた。


「リディア様。反改革派の中に、国外の勢力と結託しているという噂があります」


クラリスが新たな報告を手に戻ってきた。


「……そう。じゃあ、次の敵は国内じゃなくなるのね」


(フラグが立たない恋愛より、フラグだらけの政争の方が性に合っている)


私は静かに微笑んだ。


「行きましょう、クラリス。次の改革へ」


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