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断頭台回避宣言!悪役令嬢、転生する

目を覚ましたとき、天井が高すぎた。


これは比喩ではない。本当に、物理的に高かった。レリーフ彫刻が施された天井からは巨大なシャンデリアが吊り下げられ、煌びやかな光が私の目を射抜く。体の下に感じるのは、ふかふかの羽毛布団ではなく、少し硬めの高級ベッド。カーテンは金糸の刺繍が施された重厚なベルベットで、窓の向こうにはよく手入れされたバラ園が広がっている。


「……え、ここどこ?」


私は上半身を起こして、状況を確認した。


これは夢だろうか? 寝落ちして変な夢でも見てる? でも、この肌触りの良すぎるシーツも、手のひらに残る暖かさも、あまりにも生々しい。


さらに、私の口から漏れた声——


「なにこれ、声が……高い?」


それもそのはずだった。ドレッサーに置かれた大きな鏡に映った自分の姿は、見慣れた地味な顔立ちとは似ても似つかない。金色のウェーブがかった長髪、宝石のような紫の瞳、整いすぎて怖いくらいの造形美。そして、身に着けているのは、絹とレースで飾られたお姫様ドレス。


「いやいやいやいや、こんなの絶対私じゃないでしょ!」


混乱の極みで叫んでから、ふと、心の奥底に引っかかる既視感に気づいた。


この顔、この部屋、そしてこの格好——

どこかで見たことがある。いや、何度も見た。


「……リディア・フォン・アルセイン」


その名を口にした瞬間、記憶の扉が開いた。


大学時代、友人に勧められてプレイした乙女ゲーム『聖なる誓約のリリス』


その中でヒロインをいびる典型的な悪役令嬢が、リディア。攻略対象たちに執着しては逆上し、最終的には、公開断罪され、断頭台へ送られる運命のキャラクター。


「うそ……私、リディアに転生したの……?」


思わず頭を抱える。いや、それどころじゃない。


このまま原作通りに進めば、恋愛フラグが立ち、ヒロインに敵対し、最後には断罪されて首チョンパである。


「やばいやばいやばい、死ぬ、これは確実に死ぬ」


前世では真面目に働いて、ようやく管理職手前まで出世したところだったのに。上司に媚びも売らず、部下におべっかも使わず、成果と実力で這い上がってきた。恋愛よりキャリア。結婚より経済。男? 要らない。

だからこそ、一人で生きていく覚悟はあった。いや、むしろ快適だった。


なのに——


「なんでこんな、恋愛至上主義の世界に来ちゃったのよ……」




幸い、この世界に来てから二週間で、私はこの世界の仕様を把握した。


この世界はゲーム『聖なる誓約のリリス』のシナリオと一致している。リディアは王太子ユリウスの婚約者という名目で、ヒロイン・セリアに敵意をむき出しにするキャラ。彼女の破滅の原因はただ一つ。恋に狂うからだ。


つまり——


「恋愛なんてしなければ、私は生き残れるってことよね?」


私は机に広げた王国法典を閉じ、椅子の背にもたれた。


婚約者? いらない。恋愛? 時間の無駄。

私は断言する。悪役令嬢は恋愛なんてしない。


「政治、経済、軍事改革。全部手をつける。国家の舵取りを裏から支える女になるわよ、私は」


そう、私はリディアだ。

でも、ゲームのリディアじゃない。


私はこの国を変えてみせる。破滅エンドなんて絶対に回避してやる!


——そんな気合いを入れた翌日。


「リディア」


その声に、私の背筋がピンと伸びた。廊下の向こうから歩いてくるのは、紛れもなく王太子ユリウス。銀の髪に冷たい碧眼。完璧な姿勢と貴族然とした気品。どう見ても、攻略対象No.1である。


「ああ……きたか、第一フラグ……」


この男こそ、私を断罪する最終ボス。彼との関係を断ち切らなければ、断頭台まっしぐらだ。


「舞踏会、来なかったな」


開口一番、ユリウスが言う。原作であれば、ここでリディアが取りすがって「殿下をお待ちしておりましたの……!」と媚を売る場面だが——


「退屈だったので」


私はあっさり言い切った。


「……は?」


「舞踏会など、時間の無駄です。私は婚約者としての体裁を守るつもりはありませんし、殿下に恋慕の感情もありません。ですから、これからはどうぞ、お好きにしていただいて結構です」


ユリウスの顔が、ほんの少しひきつった。


「貴様、自分の立場が分かっているのか」


「もちろんです。私は王妃になるにふさわしい教養と家柄を持つ令嬢……それだけの存在です」


私はにっこり微笑んで、優雅に会釈した。


「でも、私は恋愛をするつもりはありませんので。ご安心ください。殿下の婚約者でありながら、貴方に恋などしない唯一の女として、そばにいて差し上げますわ」


「…………」


ユリウスが絶句する。その表情は、まるで狐につままれたよう。


いいぞ。これで完全に、興味のない女としてインプットされたはず。


「それでは、失礼いたします。私は今から財務省の報告書を確認しますので」


私はひらりとスカートを翻し、背を向けた。背中に彼の視線を感じながら、誇らしげに歩く。


——第一フラグ、回避完了。


だが、このときはまだ知らなかった。

この回避行動が、フラグの増殖装置になることを——




====




私は恋愛をしない——そう高らかに宣言した翌日。


「……これは、どういうことなのかしら?」


机に置かれた文書を見つめ、額に手を当てる。金縁の羊皮紙、王太子の公印。そして内容は、こうだった。


『婚約者リディア嬢は、冷静な判断力と的確な助言を備えた才媛であり、今後も政治面において助力を得たい』


——王太子ユリウス・グランフェルド


「……あの男、完全に誤解してるじゃないのよ!!」


私は恋愛感情を否定した。媚びも売らなかった。関心を持っていないことをハッキリ伝えた。なのに、なんで好感度が上がってるのよ……!


「おかしいでしょ! 普通、冷たくしたら嫌われるでしょ!?」


部屋にひとり、枕を抱きしめて転がりながら悶絶する。

だが、事態はすでに手遅れだった。


ユリウスは、媚びない令嬢に新鮮さを感じたのか、政務報告書を頻繁に送ってくるようになった。しかも、私の意見を求めるという名目で、公式な会議への出席を打診してくる。


「……ちょっと待って、これ、まさか政務フラグ?」


私が欲しかったのは政治参加の機会だ。だが、それが王太子との距離を縮めるルートに繋がっていたとしたら?


「フラグ回避のつもりが、むしろ増えてる……だと……?」




その日の午後、王城で開かれた政務会議に出席することになった私は、完全武装で臨んだ。シンプルな紺のドレスにまとめ髪、派手な宝石は一切なし。貴族令嬢らしからぬ地味さだが、印象を薄めるには最適だ。


「リディア嬢、本日はお越しいただき感謝いたします」


会議室に入ると、最初に声をかけてきたのは——


「……はじめまして。アレン・シュヴァルツです」


淡々と名乗ったのは、この世界の第二攻略対象。

宰相の息子にして、頭脳派の天才と称される青年、アレンだった。


スラリとした体躯に整った顔立ち、銀縁の眼鏡をかけており、いかにも優等生といった雰囲気を纏っている。しかし目は冷たい。


(原作だとこの人、ヒロイン以外には一切興味持たないキャラだったわね……)


これは逆にありがたい。私に興味を持たれたら困るし、距離はこのままが理想だ。


「はじめまして、シュヴァルツ殿。ご挨拶光栄に存じます」


私は丁寧に微笑み、ほどよい距離感を保った。


——だが次の瞬間。


「リディア嬢、以前より噂は聞いておりました。才色兼備にして、王太子殿下を言い負かす方がいるとはと」


「……どこからその話が!?」


思わず声が上ずった。


「まことしやかに、王城の厨房から財務省まで流れております」


情報の拡散力が異常すぎる。なぜ私の言動が城中にバレてるのよ……!


その後、会議が始まると、私は予想以上に忙しくなった。

歳出の見直し、軍事予算の分配、農業支援計画——どれも耳慣れた用語ばかりで、前世の知識が役に立つ。


「それは無駄な重複です。既存の穀物庫を活用すれば、予算を2割カットできます」


「その案、論理的ですね。シュヴァルツ卿、再計算をお願いできますか?」


私が発言するたびに、周囲の目が変わっていくのがわかった。


貴族の娘が、ただの飾りでなく、言葉と数字で戦えることに、彼らは明らかに驚いていた。


——けれど私は知っている。この驚きが、次のフラグになるのだ。


「リディア嬢、もしよければ今後も会議に参加いただけますか?」


アレンがそう言った時、私はビクッと反応した。


「……私は婚約者としてではなく、ただの助言者として参加しているに過ぎません」


「それは理解しています。個人的な興味ではありません。貴方の能力に価値を感じているだけです」


その冷たい口調に、逆に警戒心が薄れそうになる。


(……本当に、この人、私に興味なさそう)


よし、このルートは安全圏。少なくとも今のところは。


——と思っていたら、その夜。


執事が届けた文書にはこう書かれていた。


『リディア嬢の改革案は非常に参考になった。ぜひ次回、二人で詳細な議論を交わしたい』


——アレン・シュヴァルツ


「……やっぱりフラグじゃないの、これ!?」




====




翌日。私は執務室で頭を抱えていた。


フラグを折ろうとしているのに、なぜか周囲の評価はうなぎ登り。王太子からの期待は高まる一方、アレンとの関係も仕事仲間から協力関係へと進化中。


「これ、もしや逆フラグ地獄ってやつでは……?」


努力するほど、回避するほど、恋愛イベントが増えていく。そんな理不尽な乙女ゲームがあっていいのか。


だが、私は誓ったのだ。


「恋愛なんて、絶対にしない。されど、国政改革は進めるわ」


恋愛フラグなど蹴散らしてでも、断頭台だけは避ける。

悪役令嬢が愛に溺れて死ぬなんて、誰が決めた。


私は私のやり方で、この世界を生き抜いてみせる。


そう、これはただの乙女ゲームじゃない。


——これは、私の改革物語だ。


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