病室
きっかけなんてものはなかった。自分の死を突然悟ってしまった。なぜだかは分からない。明日を生きる自分が全く想像できずに今日という日が終わろうとしていた。だが悲しくも悔しくもなかった。そんなことを考えるいとまもなく僕は家を飛び出し病院へ向かった。この世界から僕が消えるまであと1時間もなかった。ひたすら足を前へと繰り出す。12月の半ばということもあり、外の気温は恐ろしい程に冷たかった。そのせいで無我夢中で走っている自分の体が自分のものでは無い気がした。感覚の無い足、痛いほどに冷えた気管。上下に揺れる視界だけが僕の意識をこの世界につなぎ止めていた。急がないと。病院に着く頃には、僕の寿命は30分を切っていた。相変わらずの古ぼけた顔の病院は掛け布団のような厚い雪に覆われていた。彼女と見つけた秘密の扉からこっそり中に入り、足音を殺して彼女の病室へと向かう。何を話そう。どう接しよう。分からなかった。最後に会ったのが1ヶ月も前なうえでその時些細なことで言い争いをして僕が病室を飛び出してしまった。謝りたい。最期に会いたい。会って話したい。病室に着く。305。ナマケモノのような動きで引き戸をあけた時、彼女は何か手紙のようなものを書いているようだった。僕が部屋に1歩踏み出すと床が控えめにパキッと音を出した。彼女の視線は彼女の手元から僕のいる入口へと向いた。その時彼女の目にはこぼれ落ちそうなほどの涙が浮かべられていた。
「なんで…………」
「こんな時間に非常識なのはわかってる。この前のこと謝りたかった。ごめん。言いすぎてしまった。」
「私も、ごめんね。君の気持ちわかってあげられなくて。」
彼女の涙はついにこぼれ落ちた。それきり止まることを知らないようだった。僕は彼女に歩み寄り、背中をさすってあげた。友達の立場でこんなことをして許されるのだろうか、と思ったが嫌がる様子を見せない彼女は僕がしていることを受け入れてくれているようだった。
「私さ、もう長くないんだって。昨日、あと3日持つかどうかって言われて。だから最期にあなたに謝りたくて手紙を書いてたの……。来てくれて凄く嬉しい。きちんと謝れて良かった。」
「僕、君が死んでしまったら悲しいよ。」
「そっか。でもごめんね。私は君がもし死んだとしても悲しんであげられるのか分からない。自分のことでいっぱいで。それに私が死ぬまでに君が死ぬなんてことがあってはダメだと思うんだ。」
彼女は涙を拭い凍えるうさぎのように震えながらそう答えた。
「謝らなくていいよ。君は優しすぎるんだ。最期まで他人を思おうとする。もう少し自分と向き合いなよ。最期にさたくさん悲しんで、自分を褒めて、可愛がって、労ってあげなよ。いい人生だったと思えるようにさ。」
そういうと彼女は、再び泣き出してしまった。そんな彼女を僕は胸に抱き寄せた。彼女の体温が感じられない。僕の体はだんだんと冷え始めている。もう時間が無いらしい。
「今まで君は良く頑張った。病気に苦しめられながらも誰かに優しくすることは決して怠らなかった。僕はその優しさに救われた。こんな僕に優しくしてくれたのは君だけだよ。幸せだったよ。君の優しさに触れられて。だからさ、君は残りの時間で決して自分を責めないでね。君は少なくとも『僕』という人間を幸せにできたんだから。すごいことだよ。」
意識が朦朧としてきた。
「あり……が……と、」
彼女はぐしゃぐしゃの声でそう答えた。
「好きなだけ泣くんだよ。ずっと僕はここにいる……から。」
彼女は声を押し殺すのをやめた。思い切り僕の胸のなかで泣いていた。
……もうこれで最期だ………………僕の視線は彼女が先程書いていた手紙に向いていた。
「私はずっと君のことが好きでした。」
僕の目から何かがこぼれ落ちた。
「大好き…………だ……よ……」
僕はそう告げた。
夜中に思いついた物語を文字に起こしてみました。設定ガバガバなのは許してください。




