86 召喚されし者
「さすがに……多すぎた……」
「上位種も来るとは……」
「一層にいるモンスター……全て来たんじゃないか?」
「いや~、楽しかったな~」
マークたち戦神教の者は疲労困憊の中、アヤは満足そうだ。
夥しいモンスターの数が攻めてきたが、それもようやく終わった。
トレイシーとリマは儀式の準備が終えて、どこから出したのか、椅子に座って優雅にお茶をしていた。
「終わったようですね」
「アヤ兄かっこよかったよ♪」
「……トレイシー殿、儀式の方はどうなっているのだ?」
「モンスターたちの討伐が終わるまで待っていたのです。そのモンスターたちが儀式の贄でしたからね」
「……そういうことは先に教えてほしいものだ」
マークは疲れた様子で苦言を呈する。
「教えなくても向こうから来ますからね。それでは、始めますよ」
トレイシーが立ち上がり、魔法陣の前で呪文を詠唱する。
すると魔法陣の淡い光が強まり、黒く輝きだした。
ズドン!!
黒い雷のようなものが地面から奔り、魔法陣の中心から影が這い出る。
現れたのは、黒鉄の鎧を思わせる肌に赤い光の筋を刻んだ巨躯。
二本の角を生やし、両手で大剣を突き立てていた。
ただ立っているだけで、空気が冷える。胸の奥が掴まれたように苦しい。
戦神というより、もっと別の、恐ろしい何か。
誰もが息を呑み後ずさる中、ただ一人、声を上げた。
「お」
身体を震わせたアヤだ。その震えは恐怖からか、それとも
「俺と戦ってくれ!!」
耳を疑う叫びに、全員が目を剥いた。
だが異形の戦神は、ゆっくりと片手を上げ、手招きをする。
アヤの目が嬉しそうに輝き、抜刀の構えを取る。
「《フレイムウィング》」
アヤの背中から魔法の炎の翼が噴き上がる。
瞬間、アヤは弾丸の如き速さで、突撃し抜刀
ガキィィィン!!
耳が痛くなるような甲高い金属音が響き渡る。
渾身の一刀は、大剣にあっさり受け止められた。
「はっ!」
アヤの渾身の一撃が防がれたにも関わらず、その表情は楽しげだ。
刀を両手に持ち直し、さらに斬り込もうとした――その刹那。
見えぬ衝撃が走り、アヤは吹き飛ばされ、気を失った。
「なかなかやるものだ。小さき戦士よ。皆が我を恐れる中、立ち向かう勇猛さ。天晴れである。だが、その程度では我に届かぬ!」
「戦神様、頼みがあります」
トレイシーが一歩前に出て話しかける。
「お主が召喚者だな。我は戦神ではない。このダンジョンの管理者だ」
「……管理者?」
想定外の答えに、トレイシーは困惑した。
「契約は出来ぬ。しかしお主の望みは叶えよう。条件を呑めばな」
まだ何も口にしていないのに、管理者はすべてを見透かしたように告げる。
「条件?」
巨躯の手がトレイシーの頭に触れる。
次の瞬間、脳裏に奔流のような映像が流れ込み、喉が勝手に息を呑む。
「……わかったな?」
「……かしこまりました」
「それでは、その時まで我は今一度眠ろう」
巨影が背を向けたその時、マークが声を張り上げた。
「ま、待たれよ! 戦神様は……本当におられるのですか!」
「いる。だが、今はいない」
低い声が響き渡り、場が静まり返る。
「我は戦神により生み出されし存在。戦神を崇める者たちよ。巨剣を引き抜く者が現れた時、戦神も復活するであろう」
「おお……!!」
マークたちの目に熱狂が宿る。
だがトレイシーだけは、唇を固く噛みしめた。




