9 戦いの始まり②
王都へと旅立ったレオとメルは、道中、ルグラン侯爵の邸宅に一泊し、出発の朝を迎えていた。
邸宅の玄関前。爽やかな朝の光が、手入れの行き届いた庭園をやわらかく照らしている。
「ルグラン侯爵、お世話になりました」
「おせわになりました」
二人は丁寧に一礼し、別れの挨拶を述べた。
ルグラン侯爵は口元にうっすらと笑みを浮かべ、ゆったりと頷く。
「うむ。……我が息子も良い刺激となったようだ。その剣も様になっているようだ。王都までの道中、気をつけて行かれよ」
レオはルグラン侯爵から贈られた剣に触れて、感謝を述べる。
「剣、ありがとうございます。ルグラン侯爵にルセリア様のお導きがありますように」
レオが胸に手を当て、女神に祈る。メルもそれを見て、真似する。侯爵はそれを見て、静かに頷く。
二人は馬車に乗り込み、扉が静かに閉まる。護衛と共に馬車は、ゆっくりと走り出した。
ルグラン侯爵の邸宅を背に、二人の旅は再び王都へと向かって進み始める。
――だが、静かな時間は長くは続かなかった。
街道に出てしばらく経った頃。
バサッ――!
突如、上空から耳障りな羽音が響き渡った。
「っ……な、ガーゴイルだ!!」
叫んだのは、馬車を護衛していた騎士の一人。
数体の影が空を舞い、馬車の真上をかすめるように飛び交う。すぐに馬車は急停し、騎士たちが剣を抜いて飛び出した。
「なんだよアレ……!」
空には、楕円状の漆黒の穴に、ぐにゃりと歪んだ渦が渦巻いていた。そこから、ガーゴイルが次々と這い出してくる。
レオは馬車から飛び降り、先ほど貰ったばかりの剣を抜き、空を見上げる。
「……アレは、一体……?」
呆然とした声に、馬車の中にいるメルも、不安げな瞳を上げる。
「まさか……空間転移の魔法か!?」
隊長格の騎士が叫び、他の騎士たちの間に動揺が走る。
そして――最後に現れた、二つの気配。
それまでとはまったく異なる、圧倒的な存在感。現れた瞬間、その場の空気が一変した。
「ま、魔族だ!!」
誰かの絶叫が、緊迫した空気をさらに張り詰めさせる。
「あいつかナ? 光ノ女神ノ加護を持った子供ハ」
「――あやつだな」
不気味に歪んだ笑みを浮かべながら、魔族の一人がレオを指差した。
額から突き出た二本の角。青白い肌に、黒く塗りつぶされたような眼球、そこに浮かぶ真紅の瞳孔。――御伽噺でしか見たことのない姿。そのすべてが、魔族の証だった。
「そいじゃあ、オレノ相手ハ……」
「お前ダァ!!」
「――っ!!」
レオに狙いを定め、気づいたときには、すでに目の前にいた。
そのまま拳を振りかぶる。避ける暇もなく、レオは凄まじい力で殴り飛ばされた。
「ぐあっ――!」
地面に叩きつけられ、土煙が上がる。魔族の拳は、まるで軽くあしらうような一撃だった。――それなのに、友から受けた必殺の一撃と、変わらぬ衝撃だった。
「レオ!!」
メルの叫びが、空気を裂いた。
「ハァーハッハッハッハ!!!!」
上機嫌な魔族の笑い声が、戦場に不気味に響き渡る。
「遊び好きめ。ガーゴイルたちよ、騎士どもの相手をしてやれ」
もう一体の魔族が静かに命令を下すと、ガーゴイルたちが一斉に飛び上がり、騎士たちへと突撃する。
同時に、空間が歪み――その周囲に、多種多様な武器が浮かび上がった。
剣、槍、斧、槌、弓――すべてが鋭く輝き、殺意を帯びて宙を舞う。
「さあ、騎士ども。踊り狂いたまえ」
命じる声に合わせるように、無数の武器がガーゴイルと共に襲いかかる。
「くっ――くそ!!」
騎士たちは懸命に応戦するが、数も力も圧倒的。追い詰められるのは時間の問題だった。
土埃の中から、レオが静かに立ち上がる。その瞳が、黄金に輝きだした。