8 戦いの始まり①
翌朝、目を覚ましたアヤは、いつものように瞑想を行い、調子を整える。続いて軽く体を動かして、それから着替えると、ちょうど孤児院のみんなが起きてくる時間だ。
皆と一緒に朝食の準備を手伝い、アヤは少し早めに食事を済ませて、今日の目的地――正門へと向かった。
空は澄みわたり、気持ちのいい朝だった。だが、その静けさは、あまりにも突然に破られた。
――ズン、と空気が揺れた気がした。
何かが、無数に迫ってくる。
気配に気づいたアヤは立ち止まり、空を仰ぐ。そして、息を飲んだ。
上空に、無数の影があった。黒い塊が、羽ばたきながら町へと降下してくる。
「っ……!」
アヤは咄嗟に身を引く。すぐそばの路地にも数体が降りてくるのが見えた。
そのうちの一体が、アヤに向かって真っ直ぐ飛び降りてきた。
灰色の石肌に、獣のような顔。背から伸びた翼が風を裂く。――ガーゴイルだ。
突然の襲撃に、町は瞬く間に混乱に包まれた。悲鳴があちこちで響き、誰もが何が起こったのか分からず逃げ惑っている。
けれど、今は周囲を気にしている余裕がアヤにはない。まずは目の前のガーゴイルに集中した。
ガーゴイルについては、魔法を使うモンスター――それだけは、知っている。
気配からはそこまで強敵には感じていないが、アヤにとって、初めてのモンスター戦だ。
警戒しながら様子を見ていると、ガーゴイルは中空で静止し、魔力を溜めてるようだった。
「……!」
その隙を、アヤは見逃さない。
「ノック」
足元に力を集中させ、技を発動。地を蹴り、一気に空中へ跳躍する。
不意を突かれたガーゴイルが焦ったように動くが、もう遅い。
「ノック!」
拳を振るうと同時に、再び技を発動。押し出す力を爆発的に乗せた一撃が、ガーゴイルの顔面をとらえ――石のような肌ごと粉砕する。
破片を散らして、ガーゴイルは空中で崩れ落ちた。
『押し出す力』――それを一点に集中させ、一気に解き放つ。
足に使えば、跳ねるように加速する。
腕や肘に使えば、打撃に瞬発力を与える。
敵に向けて放てば、吹き飛ばす。
それが、アヤの技――《ノック》だ。
ガーゴイルを一体撃破したが、たった一体に過ぎない。
既に町中からは、悲鳴と破壊音が響いていた。無数のガーゴイルたちが、建物を壊し、人々を襲い、まるでこの町を喰らい尽くすように暴れまわっている。
(どうする? どこから手をつければいい?)
アヤは歯を食いしばりながら、もう一度空を睨みつけた。
そして――見つけた。
上空に、一体だけ、動かずに浮かぶ影。
ソイツはガーゴイルなんかよりも圧倒的だった。人型のシルエットに、背から燃え上がるような炎の翼。威圧感だけで、肌が粟立つ。最初に空気が揺れたように感じたのもアイツが原因だ。
(あれは――ヤバい。)
直感が告げていた。下手すれば、一瞬でやられる。それほどの格の違いがあった。
それでもソイツは、何もせず、ただ空から町の様子を見下ろしている。指揮官……あるいは、何かを待っているのか。
普通なら、手を出すべきじゃない。まずは下にいるガーゴイル共を片づけ、人々を避難させるのが先だ。あいつに空中戦を仕掛けるなんて、ただの自殺行為――
だが。
アヤという男は、そういう理屈を踏み越えていく。
「ノック!!」
地を蹴った瞬間、景色が一気に後方へ流れた。
力を脚に込め、アヤは空へと飛び出す。一直線に、あの災厄の中心へ。
無謀? その通りだ。
けど――だからこそ、アヤは挑む。
(どいつもこいつも手も足も出せないなら、俺が最初の一撃をブチ込んでやる!)
空を裂き、燃える翼の者へ。
挑戦的な笑みを浮かべたアヤの拳が――風を切った。