73 信頼
「少しお話が長くなりましたね。そろそろお開きにいたしましょう」
ヴィクトリアが従者を呼ぶと、重苦しい空気が片付いていく。
「本日はご馳走になりました。陛下のご懸念、現グランドマスターへ必ず伝えましょう」
「ええ、今後ともよろしくお願いいたします」
そう言って、カイザは丁寧に一礼し、退席していった。
「母上、父上。おやすみなさいませ」
「クロノアもおやすみなさい」「おやすみ、クロノア」
クロノアは難しい顔を崩さぬまま、静かに去っていく。
「お母さま、明日少しお時間をいただけますか」
セラフィーヌは、母に似た微笑みを浮かべて明日の面会を希望する。
「もちろんですよ、セラフィーヌ。今日はゆっくりお休みなさい」
「おやすみなさいませ。お母さま、お父さま」
「おやすみ、セラフィーヌ」
娘も部屋を後にした。
しんとした食卓に、夫婦だけが残る。
「……セラフィーヌは、何かに気づいたかな」
セバスチャンが小さく呟く。
「そうですね。あの子は勘の鋭い子です」
「ヴィクトリアによく似ている」
「相手を立てようとするところは、あなたに似ていますよ」
二人は穏やかに笑みを交わし、やがて寝室へと戻っていった。
その頃、レオとメルも夕食を共にし、話をしていた。
「ねぇレオ、ウルトってどういうのがいいのかな?」
「うーん……」
ウルトを目標に掲げたものの、レオ自身もまだどんな形にするか決めきれていなかった。
「私の技は《オーラ》しかないからそれに魔法を合わせるしかないのかなぁ」
「《オーラ》?」
「ほら、私の瞑想している時の、あれは《オーラ》っていう技なんだって、イングリッド先生が調べてくれたの」
「へぇー、そうだったのか」
レオは感心したように頷く。
「それと魔法を合わせてウルトにするんでしょ?」
「……それだとアヤの精神支配を解くことができないかもしれない」
レオは。《オーラ》がメル自身を強化する性質のものだからこそ、単純に魔法を組み合わせても、目的の効果には届かないかもしれないと。
「そうなんだ?……ねえ、せいしんしはいってどういうこと?」
メルの問いに、レオは答えづらかったが、嘘をつく訳にもいかない。
「えっと……アヤが、思い通りに操られる状態だよ」
言いながらメルの反応を伺う。
「思い通り?……それって、解く必要あるのかな?」
「え?」
思わぬことをメルが口にして驚く。
「アヤなら、自分の力で解きたいんじゃない?」
「それは……そうかもしれない」
反射的に否定しかけたが、アヤのことを思い出すと、確かにそう言いそうで、レオは肯定する。アヤをよく知るメルだからこそ出てくる発想だった。
「でしょ?」
「でも、アヤが操られている自覚がないと思うよ」
「うーん……」
メルが首傾げて考え込む。だがその瞳は不思議と明るい。自覚がなくても、アヤなら最後にはなんとかしてしまう。そんな揺るぎない信頼が、メルの中にはあるのだ。
「万が一のことも考えて、僕たちがアヤのこと助けられるようにしよう」
「そうだね」
メルの元気な声に、レオは小さく息を吐く。
メルが思った以上にアヤを心配していないことに安堵しつつも、それで本当にいいのか、と心の片隅で疑問を感じた。




