71 クレイド
「カイザ様、説明をお願いします」
ヴィクトリアはカイザに丸投げした。これも先ほどと同様、主犯を取り逃したちょっとした罰である。
ヴィクトリアの思惑がわからぬまま、カイザは話し出す。
「……うむ。さて、どこから説明したものか」
カイザは難しい顔をして悩んでいると、セバスチャンが助け船を出す。
「まずはアヤくんを誘拐した少女と黒幕の名前と何者なのか聞きたいですね」
「そうだな。まずはアヤを精神支配した少女はリマと名乗った。そしておそらく、人造人間の可能性がある」
「ほむん、くるす?」
セラフィーヌは初めて聞く単語に首を傾げる。
「錬金術によって造られた人間のことです」
「人間を造る?!そんなことが可能なのか?」
クロノアが驚きの声をあげた。
「儂も詳しいことは知りませんが、難しいことであることは、想像に容易い」
「なぜその少女が、人造人間だとお思いになったのですか?」
セラフィーヌが冷静に鋭い質問をする。
「儂がかつて対峙した、人造人間を自称した者と同じ、灰色の肌をしていた。それと、その時に共にいた者と今回の黒幕、それが同一人物のクレイドと名乗った者だ」
「クレイド……何者なのですか?」
クレイドが何者なのか。それはカイザも聞きたいくらいだ。
ちらりとヴィクトリアを見やるが、女王はただ穏やかに微笑むだけで、話を止める素振りはない。
「S級の危険人物です。存在も一般には秘匿されている。今回も取り逃がしてしまった」
「秘匿……ですか」
セラフィーヌが小さく繰り返す。その声音には、ただならぬ重みを感じ取った色があった。
カイザはしばし口を噤む。
クレイドは、邪神教の狂信者と呼ばれている、年齢も性別も分からない正体不明の人物である。
邪神教は、存在を消された神の証明と、その復活を目的にしているらしい。カイザも詳しいことはわからない。ただ千年前から存在は確認されている。
(……幼い二人に、どこまで語るべきか)
脳裏に浮かぶのは、かつての記憶。
――クレイドの語る神話に惹かれ、行動を共にした冒険者がいた。
奴らの目的は、耳にすれば夢のようで、抗いがたいロマンですらある。
だが、それは教会と真っ向から敵対する行為。
ゆえに邪神教と断じられて、存在を秘匿されているのだ。
言葉を選びかねて沈黙するカイザの代わりに、ヴィクトリアが穏やかな声で告げた。
「クレイドは――魔族を生み出す方法を知っているのです。だからこそ、秘匿されていました」
「魔族を……?!」
クロノアが驚愕に目を見開く。
その言葉は真実だった。だが、その知識を持つのはクレイドだけではない。カイザや一部の者は知っていることだ。
ヴィクトリアはあえて、それを子供たちが納得できる理由にしたのである。
「魔族の襲撃事件も関りがあるのか?」
「その可能性は否定できぬ。逃げ延びた魔族は空間転移の魔道具を使用していた。クレイドならば作れても不思議ではない」
クロノアの疑問にはカイザも考慮している。
「元グランドマスターのカイザ様を退ける力があり、人造人間や空間転移の魔道具を造れるだけの知識を持っているのですか……」
セラフィーヌは想像以上の強敵に、気が遠くなる。
「さて、お二人にもクレイドの脅威がわかったところで、敵の狙いについて、わたくしの考えをお伝えします」
「我がアメリオ王国で、唯一空間転移魔法が使えるイングリッドを狙っています」
ヴィクトリアの予想に、重苦しい沈黙が生まれる。




