70 王族とカイザの晩餐
クロノアとセラフィーヌがすでに食卓に並び、ヴィクトリア王とその夫のセバスチャンが、客人のカイザを伴って入る。
席に着くと、次々と食事が運ばれ中、ヴィクトリアが口を開く。
「カイザ様。本日はお越しくださり嬉しく思います」
「こちらこそお招きいただき、光栄にございます」
「第一王子のヴィンセントは王都にいませんが、いただきましょう」
ヴィクトリアは微笑み、他国の王族をもてなすように上品な声で応じる。
和やかな空気の中、クロノアが口を開く。
「母上、カイザ殿はエルフ誘拐事件の協力者だったと聞きましたが――」
「その話はお食事が終わった後にしましょう」
「わかりました」
母の制止に、クロノアは素直にうなずいた。
「それより二人のお茶会での話を聞きたいわ。レオとメルに説明したのでしょう?」
ヴィクトリアは従者から既に聞いていたが、本人たちから直接語らせることで確認し、同時にカイザにも聞かせようとする。
クロノアはセラフィーヌに視線を送り、発言を譲った。
「はい。お茶会ではリオネルがアヤを兄と呼んだ少女がウルトで精神支配し、空間転移で連れ去ったこと。アヤを解放するには、ウルトか、少女を説得するしかないとお伝えしました」
「そう。それで、レオとメルはどうするのですか?」
「王宮に留まり、ウルトを身に付ける修行をすることになりました」
「そう。王宮を去ることにならず安心しました。二人とも、よくやりましたね」
ヴィクトリアは穏やかに微笑んだ。
「さすがはヴィクトリアの子だね。私はそういったことは苦手でね。二人とも私に似なくて本当によかったよ」
セバスチャンが王族らしからぬ発言をする。だが、気取らぬ物腰こそが彼の持ち味であり、家族にとっては見慣れた光景だった。
「カイザ殿、お食事は口に合いましたかな」
セバスチャンが穏やかな笑みで話題を転じる。
「美味しいですな。さすがは美食で名高いアメリオ王国です」
カイザが素直に舌鼓を打つ。
「ええ。我が国では、エルフからは芳醇な果実や新鮮な野菜を、獣人からは狩猟で得られる多彩な肉を、そしてドワーフからは豊かな酒を――それぞれ分けていただいております」
ヴィクトリアが誇らしげに応じる。
「なるほど。種族の力を結び合わせるのは容易なことではない。まさにアメリオ王国ならではですな」
「その通りです。だからこそ……今回のエルフ誘拐の件には、強い憤りを感じております」
ヴィクトリアの声音は、静かな怒りを帯びていた。
「もちろん、カイザ様と冒険者のアヤにはエルフたちを救出していただき、大変感謝しております」
「偶然にも霊鳥を見つけただけです」
カイザが苦い表情をする。
「それに、協力していただいたアヤが精神支配されて連れ去られた件は、残念でなりません」
「儂がアヤを戦わせたためだ。責任は、儂個人にある」
和やかな会話が終わり、緊迫した雰囲気となっていくと、ヴィクトリアはクロノアとセラフィーヌに話し出す。
「クロノア、セラフィーヌ、カイザ様がこのように仰るので二人には伏せていたのですよ。レオとメルがカイザ様を責めないためにもね」
クロノアは納得したように頷くが、セラフィーヌは疑念を抱くように母を見つめる。
「ふふっ、セラフィーヌは気づいたようですね。クロノア、今ので納得してはいけません。情報を伏せた理由にしては、弱いですからね」
いたずらが成功したようにヴィクトリアは微笑む。クロノアは目を丸くしてセラフィーヌを見た。
「クロノア、落ち込まなくていいよ。私もおそらく気づけない。今のを察するのはとても難しい」
セバスチャンが慰めるが、ヴィクトリアは厳しく指摘する。
「クロノアが王位を目指すなら、このくらいは気づかないと、貴族たちの言い訳を見抜けませんよ」
「……精進します」
教育の種にされたカイザは、気まずさを誤魔化すように紅茶を口へ運ぶ。
ヴィクトリアは自責に駆られるカイザにちょっとした罰を与えるため、二人の教育に利用したのだ。
全員の食事が終えたことを確認したヴィクトリアは、従者を下がらせる。
「ここからが本題です」




