60 アヤVSリマ
アヤとリマの戦いは、鬼ごっこのように始まった。
アヤが追えば、リマはするりと距離を保ち、時に鞭を振るう。
鋭い一撃は弾かれると分かっているのか、狙いは常に捕縛だ。
しなる鞭が、しゅるりと空気を裂いた。
アヤは《ノック》で空気を蹴り、宙を駆ける。
軌道を変え、リマの頭上から一気に拳を振り下ろした。
しかし少女は軽やかに後方へ跳ね、距離を取る。
その顔には、無邪気な笑み。
「あはっ☆ わかってきたよ!」
戦いながら、リマは楽しげに声を弾ませる。
「アヤ兄の力は『飛ばす力』だ! 空を飛んだり、私の力を飛ばしてあの人を解放したりしたんでしょ?」
「……!」
(鋭いな……)
「それにね、アヤ兄は近接戦闘しかできないんでしょ?」
「だから上を取って、地面に叩きつけようとしてる! ここは壁も障害物も少ないから、ただ殴って飛ばしたら距離が空いちゃうもんね?」
アヤは感心しながらも、内心舌を打った。
(バレバレだな)
「俺はリマの兄じゃない!」
アヤは力については何も答えず、兄であることだけは否定する。
「アヤはリマのお兄ちゃんだよぉ!」
少女はくるりと指先を振る。
「《チェインジェイル》!」
騎士たちを拘束した鎖が虚空から現れ、アヤを囲う。
(避けられねぇ!)
アヤは足を止めて即座に刀を抜き、刃に気力を込めて斬り払った。
――だが、それは目くらまし。
鎖の陰から鞭が蛇のようにのたうち、アヤの胴を絡め取らんと襲いかかる。
「っ、《ノック》!」
咄嗟に技を放ち、アヤは身体ごと上空へと跳び上がった。
足先で鞭が空を裂き、バシンッと乾いた音が響く。
(刀がなきゃ、あの鎖に捕まってたな)
「惜しい!」
リマは悔しさなど一切見せず、むしろ楽しげに笑った。
アヤはそのままリマの頭上へ移動する。
(! また同じ攻撃? 芸がないよ♪ アヤ兄)
リマは余裕の笑みを浮かべ、今度は躱すだけでなく鞭を返してアヤの腕を狙った。
だが、アヤはあえて同じ攻撃を見せた。拳を途中で止め、身を翻して鞭をかわす。
空中で軌道を変え、逆にリマへと迫った。
「《ノック》!」
掌底がリマの正面に突き刺さる。
「くっ……!」
衝撃に弾かれ、リマの身体は後方へ吹き飛んだ。
(痛い! でも……これで距離が空く!)
次の瞬間――。
ドンッ、と背中が硬いものに叩きつけられる。
「……壁?」
あり得ない。ここは拓けた中央広場、壁はないはず。
疑問が脳裏をよぎった瞬間、リマの瞳が見開かれた。
(これ……私が捕えた騎士の、鎖の牢……!?)
「終わりだ」
間髪入れず、アヤが迫る。
頭部めがけて掌底を突き出す。
「《ノック・ダウン》!」
意識を押し出す衝撃波が炸裂した。
「捕まえた☆」
「何?!」
リマは気絶せず、足元から鞭が伸ばして、アヤの足を絡め捕った。
「《娘のお願い》」
鞭を引いて、アヤの足首を傷つける。
「《ノック》!」
しかし、アヤも精神支配を押し出した。
「う~ん、やっぱり効かないか」
リマは距離を取って、残念そうに呟く。
「それはこっちのセリフだ。なんで気絶しねぇ」
「ふふっ♪教えな~い」
唇に人差し指を当て、秘密を守る仕草。
「あぁ、そうか」
(ちっ、どうする?)
アヤが次の手を考えていると、リマは無邪気な笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、終わらせるね♪アヤ兄」
少女は胸に手を当てて祈るように目を閉じる。
その仕草は無垢で、神聖さを感じさせる。
「ウルト【二人の絆】」
――ジャラリ。
乾いた金属音が、不気味に響き渡ると、いつの間にか、アヤとリマの胸を鎖を結んだ。
「……は?」
「これで、アヤは私のお兄ちゃんだね♪」
リマは満足げに笑い、鎖は虚空に溶けて消えた。
だが消えたのは形だけ――アヤの心はリマに囚われてしまった。




