58 待ち構える者
一行は廃都エルディアに到着した。
「あの爺さん、あそこから敵を見つけたのかよ。だいぶ走ったぞ」
「さすがは元グランドマスターといったところです」
アヤはカイザの規格外ぶりに舌を巻き、ノーラは素直に感心する。
その時、不意にカイザの声が響いた。
「……敵がお主たちの接近に気づいたようだな。だが、逃げるつもりはない。二手に分かれる意味はなさそうだ」
「声まで飛ばせるのかよ。なんでもありだな」
アヤが呆れた声を出す。
「それより、急ぎましょう!中心部へ真っすぐ!」
ノーラの号令で、一行は廃都を駆け抜けた。崩れた街並みを突っ切り、ひび割れた石畳を踏みしめて進む。
(ここが俺の故郷か……)
アヤはエルディアに生まれ、すぐに事件が起こり、孤児となった。当時の記憶はない。
周囲を観察しながら、走っていると、やがて開けた中央広場にたどり着く。そこには――待ち構えるように仁王立ちする影があった。
ボロ布のようなローブを羽織り、深く被ったフードに顔は沈み、闇に溶けて見えない。背丈はアヤと同じくらい。
「我々はアメリオ王国の騎士! 名を名乗れ! ここで何をしている!」
まだ敵と断定できぬため、ノーラは威厳を込めて問う。
「……ふふっ♪」
返ってきたのは、幼い少女のような声と不気味な笑み。言葉はない。
ノーラがさらに踏み出そうとした瞬間――。
ローブの袖から閃光のように鞭が伸びた。予備動作すらなく、風を裂いてノーラに迫る。
「っ!」
彼女は盾を構え、受け止める。
「捕えよ!」
ノーラの声が戦闘開始の合図となり、アヤが誰よりも早く駆け出す。
しなる鞭がアヤを狙う。しかし――
「《ノック》」
一閃。拳の衝撃で鞭を弾き飛ばす。アヤは刀を抜かず、拳で敵の頭上から叩きつけた。
轟音。拳が地面を砕き、石片が舞い上がる。
「あはっ☆」
「君、強いねぇ♪」
敵は楽しげに、アヤに話しかける。
そこへ二人の騎士が左右から同時に斬りかかる。しかし相手は軽やかに舞い上がり、剣の間をすり抜ける。
回避と同時に、ローブの袖から二本の鞭が伸び、騎士たちに襲いかかった。
「《娘のお願い《ラブリーキュート》》!」
全身鎧の騎士は兜を打たれ、軽装の騎士は顔を直撃される。
「邪魔しないで!」
甲高い声が響き、顔を打たれた騎士の目が虚ろになる。
「……わかった」
精神をねじ曲げられ、敵に従ってしまった。
「あなたは指揮官に突撃しなさい」
操られた騎士がノーラに刃を向ける。副官が慌ててそれを受け止めた。
「鞭を直接食らうな! 精神を侵されるぞ!」
「アースロック!」「エアロック!」
騎士の魔術が次々と放たれ、石の拘束や風の檻が敵を取り囲む。だが――
「くだらないっ」
少女の声が弾けると同時に、術式が粉砕される。
「その程度で拘束できるわけないでしょ。本物の拘束魔法を見せてあげる――《チェインジェイル》!」
ジャラリ、と耳障りな音を立てて無数の鎖が虚空から伸び、アヤを除いた騎士たちを絡め取ろうと襲いかかった。
「これで遊べるね♪」
フードを取り、可愛らしい灰色の肌の少女の素顔が現れる。
 




