56 条件
「何を騒いでいる?」
カイザと侯爵が話を終え、アヤたちの方へ歩み寄ってきた。侯爵が息子リオネルに問いかける。
「父上、アヤが帝国へ行くと言い出しまして……」
「帝国?何をしに」
「その、エルフたち奴隷を助けに」
その言葉に、カイザの鋭い視線がアヤへと向けられる。
「何?急にどうしたアヤ」
根拠を問われたアヤは、一瞬言葉に詰まり、答えに窮する。
「ん~……ムカつくから」
「ムカつく?一体何言ってるんだ」
カイザが呆れたように眉をひそめる。
「あ~……誘拐されたエルフたちは売られたら、どうなる?」
アヤが逆に質問をすると、カイザは慎重に言葉を選ぶ。
「……買った者次第だが、奴隷として扱われるだろうな」
「買われた者たちにとって、理不尽この上ないことだ。全くもって気に食わん」
アヤの拳が、自然とぎゅっと握り締められる。
「だから、助けに行く」
口調は軽いが、その奥にあるのはただの気まぐれではなかった。
どうしようもない理不尽なことが襲い、運命を呪うことしかできないあの無力感。
そこから助けられるのなら、助けてやりたい。アヤはそう思っていた。
「心意気は買うが、実力がなければただの自殺行為だ」
カイザの低い声が、場の空気を引き締める。
「これから実行犯を捕らえに行く」
「まだ仲間がいるのか?」
「いる。――そこでだ、アヤ」
カイザはわざと間を置き、真っ直ぐにアヤを射抜くように見た。
「お主の実力を示せ」
カイザのその発言に侯爵が口を挟む。
「カイザ殿、アヤ殿も連れて行く気か?」
「安心せい。何かあれば儂が出る」
「やらせてくれ」
アヤが一歩踏み出し、侯爵に懇願する。
「承服しかねる。そもそもこれはアメリオ王国の問題、冒険者であるアヤ殿の仕事ではない」
侯爵の言葉は建前に過ぎない。本音は、息子と同じ年頃の少年を危険にさらしたくなかった。
「侯爵、言いたいことはわかるが、アヤは魔族を撃退した功労者。ただの子供ではない」
侯爵は「正気か」と目で訴える。しかしカイザは力強く頷いた。侯爵は深く息を吐いた。
「……騎士と共に行動するように」
侯爵が苦しげに言い切る。カイザが認めている以上、侯爵が何を言っても無駄だと悟った。
「任せろ!」
アヤの口元に、自然と挑むような笑みが浮かぶ。
「決まりだな。騎士たちはどうする?」
カイザは侯爵に尋ねる。
「元々捕らえた者の護送とエルフたちの保護が目的だったのだ。人数が足りぬ」
侯爵が思案すると、一人のエルフが歩み寄る。
「ルグラン侯爵、私たちのことはお気になさらず、犯人確保に騎士たちをお使いください。クーちゃんもいますし」
そう言って霊鳥へと視線を送る。侯爵もつられてその姿を見やった。
「私たちも戦えないわけではありません。それよりも、どうか犯人確保には重々お気を付けください。……敵は鞭を使った精神支配系のスキルを持ちます」
「――貴重な情報に感謝する」
侯爵は短く頷き、重々しい声で命じた。
「騎士の半数はここに残り、残りはカイザ殿と共に犯人確保へ向かえ」
そして視線をカイザへと向ける。
「カイザ殿、私からアヤ殿に関して口出す権利はないかもしれぬが、くれぐれも頼みますぞ」
「問題ない」




