54 侯爵と元グランドマスター
アヤとリオネルが仲良く話していると、一行は南の森へと辿りついた。
「侯爵が自ら来るとはな」
先頭の馬に跨るルグラン侯爵へ、カイザが低く声を投げかける。
「エルフの誘拐と聞いたからには、アメリオ王国の貴族として、出向かない訳にはいかぬからな」
侯爵は鞍から降り、威厳ある足取りで進み出ると、捕らえられた男たちの前に立った。
カイザが手錠をかけて、座らされている男たちを、ルグラン侯爵の鋭い眼光が突き刺さる。
「して、この者共がエルフを誘拐したのかっ!」
その一言には、冷たくも重い圧が込められていた。
「そうだ。それと、こ奴らから話を聞きだしといた」
「ほう。それはありがたい。一体どんな話を?」
カイザは周囲を気にして、小声で告げる。
「……ゴブリンのことだ」
侯爵の眉間に深い皺が刻まれる。
「詳しいことは、少し離れて話そう」
「了解した。少しお待ちを」
すぐに踵を返すと、騎士団長へ命じた。
「この賊共を檻に入れろ。そしてエルフを保護せよ」
「はっ!」
短く頷いた侯爵に、カイザが声をかける。
「そういえばアヤは?」
「馬車の中に、我が息子といるであろう」
「そうか。アヤ!」
怒鳴るように呼ばれ、アヤが馬車の影から顔を出す。
「なんだ?」
「周囲の警戒を頼む。儂は侯爵と話をする」
「わかった」
短いやり取りを済ませると、カイザは侯爵を伴って歩き、防音の魔法を展開した。空気がぴたりと張り詰める。
「さて、どこから話すか……そうだな。まずは、奴らの馬車からゴブリンを召喚する魔道具が見つかった」
「何?……そんな物が、存在するのか?」
「ご存じなかったか。……これです」
カイザは腰のマジックポーチから押収品を取り出し、侯爵に見せる。
「それは……」
「ゴブリンの頭蓋骨です」
干からびた小さな頭蓋骨に、何やら模様が描かれて、異様な禍々しさを放っている。
「問題は北側にでたいうゴブリン」
「まさか……」
「魔道具によって召喚されたのだろう。しかし、その魔道具がここにある」
「ということは、もう一つあると?」
「そういうことです。それに、あ奴らは弱すぎた」
「弱すぎた?」
「あの程度でエルフを誘拐など不可能。実行犯が別におる」
「なるほど、その実行犯が北側で魔道具を使ってゴブリンを召喚し、王国の騎士団の目をそちらに向けて、逃げる算段だったのか」
「そういうことです。しかしそ奴ももう、北にはいないであろうが、合流地点を聞き出した」
「おぉ!さすがはカイザ殿。して、場所は?」
「七年前に壊滅した廃都、エルディアだ」
侯爵の表情が固まり、風が枝を揺らす。重い名が森に落ちた。
「……あそこか」
侯爵はしばし沈思したのち、押収品へ視線を向けた。
「協力、感謝いたします。その魔道具も預かります」
「いや、これは儂が持っておく」
侯爵の眼差しが険しくなる。
「私は、信用できないと?」
「そうではない。この類の魔道具は、国に預けるべきではない。冒険者ギルドの元グランドマスターとして、そう判断したまでだ」
言外に「戦争に利用される危険」を示唆する声音。侯爵は口を閉ざし、沈黙の後、息を吐いた。
「なるほど、そういうことでしたら下がりましょう。しかし、証拠品ですので、国王陛下にご説明する際には、カイザ殿もご同行していただきたい」
「承知しておる。それより実行犯を捕まえにこれから向かうのだろう?協力しよう」
「む……ありがたい申し出ですが、これは国の職務です。冒険者ギルドとして関わるのは、立場上よろしくないのでは?」
「ふっ。なぁに、儂はすでに引退しておる身だ」
侯爵は小さく目を細め、肩を揺らす。
「先ほど冒険者ギルドとして話した御仁が、よく言うものだ……実に悪いお人だな」




