52 出動
「話すって言ってもなぁ」
アヤが困ったように口元を歪めるのを見て、リオネルが先に口を開いた。
「アヤが炎の魔法を使えた理由、わかりました」
その言葉に、アヤの眉がぴくりと動く。
「そうなのか?」
リオネルは待ってましたと言わんばかりに、上機嫌で説明を始める。
「あの後、家庭教師に聞きまして。魔法っていうのは、魔力を変質させて発動するものなんだとか。しかし、普通の人はこれがとても難しい」
「でも、生まれつき魔法が使える人は、すでに魔力の質が魔法を扱える状態になっている。あとは魔力を操作して外に放出すれば、自然と魔法になるってわけさ」
「へぇー」
アヤが素直に感心したように相槌を打つと、リオネルは少し得意げに続けた。
「だからアヤは、もともと炎の魔法に適した魔力の質を持っていたんじゃないかって。もしくは、かなり近かったから、ほんの少しの変質で発動できるようになったのかもってさ。僕は後者だと思っているけど、どう思う?」
アヤは少しの間考え、短く答えた。
「……俺もそう思う」
「やっぱり!」
リオネルは満足そうに笑みを深めたが、その続きを話す前に――
ギィ、と待合室の扉が開いた。
「父上。準備が整いましたか?」
入ってきたのは、背筋を伸ばし威厳を漂わせたルグラン侯爵だった。
「ああ、すぐに向かうぞ……君が王家の客人の証を持ってきたのだな? ついてきなさい」
「えっと、私は?」
半ば空気と化していた、アヤに付き添ってきた門番が恐る恐る口を挟む。
「む……お主は持ち場に戻りたまえ」
「かしこまりました!失礼いたします!」
門番は敬礼して、いそいそと退室していった。
ルグラン侯爵は踵を返し、迷いなく廊下を進む。アヤはその背中を追いかけ――ふと視線を横にやると、当然のようについてくるリオネルの姿があった。
外に出ると、十数人の騎士と二台の馬車がきっちりと並び、出立の合図を待っている。
「準備はできているか?」
侯爵の低い声が響く。
「はっ! いつでも出動できます!」
騎士団長が即答する。
「よし。リオネル、来るつもりなら、その子と同じ馬車に乗りなさい」
「わかりました。アヤ、この馬車に乗るよ」
「……あぁ」
侯爵が馬に乗り、短く「ゆくぞ!」と号令をかけると、騎士たちが一斉に動き出した。
(ん? 侯爵本人も来るのか?)
アヤは意外に思いながらも乗り込む。
車輪が軋む音とともに馬車が動き出す。リオネルが口を開く。
「南の森までは、鐘一つ分ほどかかります。ゆっくり話せますね」
「そんなにかかるか?」
「馬車ですからね。……アヤは、どれくらいで戻ってきたの?」
「鐘半分もかかってないんじゃないかな」
リオネルは目を丸くし、感嘆の息を漏らす。
「……強い人たちは、馬に乗るより自分の足で走った方が速いって聞くけど、アヤももうその領域なんですね」
「鍛えてるからな」
アヤは何でもない事のように答えた。




